78 本音を聞きだすにはコレ

 その日は調査の具体的な案も出ずに事務的な手伝いだけで終わった。

 ダイアナはIMワークスに戻り、机に向かってあれこれと考える。


 カールは正体不明のマフィア幹部、フランチェスコ・ミケールとつながっている。盗聴器の音声からしてそれは間違いなさそうだ。


 カールは今まで、トーマス・ディルバルトがミケールであるかもしれないとい仮説を推していた。

 それがここに来て、ディルバルトの客人がミケールでは、と言い始めた。


 だがデイビッドが調べたところ、くだんの男はオルシーニファミリーの関係者だ。


 先の事件で捕まえたサマンサ達の供述では、ミケールはジョルダーノファミリーの幹部だという。


 カールの推測とサマンサ達の供述、どちらがより信憑性があるか。


 サマンサ達の供述の方が信用できるのではないか、とダイアナは思う。

 彼女達は、それまで存在が明らかにされていなかったミケールの話をしたのに、自分達の直接の上司については頑なに口を閉ざしていた。


『ミケールも怖いが、あの人は違った意味でもっと怖い』

『自分の害になると判断すればそれこそ身内だろうが何のためらいも無く切り捨てる男』


 サマンサとタバサはそう言っていたそうだ。


 彼女達の直接の上司。

 もしかすると、カールがそうじゃないのか?

 ダイアナは思いついた仮説をマイケルに話してみる。


「それは考えられますね」


 マイケルはうなずいた。


「そろそろ役者もそろいつつあるようですし、もう少し踏み込んだ捜査を仕掛けてみてもいい頃合いかもしれませんね」

「おとりか?」

「いえ。まずはディルバルトについてもう少しはっきりさせましょう」


 マイケルはダイアナを見て、にやりと笑う。


「彼の事務所か自宅に盗聴器を仕掛けます」




 ディルバルトの事務所に連絡を取り、不動産のことで相談したいと告げるとあっさりとアポイントが取れた。

 まずは第一段階突破だ。

 実際に訪問する次の土曜日、盗聴器を仕掛ける。

 もしもダイアナが盗聴器を仕掛けるのに失敗してもデイビッドが別のアプローチで仕掛けに行くことになっている。


「失敗した時はよろしく頼むよ」

「あぁ」


 デイビッドの反応が薄い。

 いつもならもっと何か――「リラ子のしりぬぐいを俺がするのか」とか何とか言ってきても不思議ではないのに、相槌だけで終わらせるとは。


 これは、思っていたよりも心にダメージを負っているのではないか。

 なんとかしないと。

 どうすればデイビッドの気分が晴れるのだろうかとダイアナは考えた。


 本音を吐き出させてすっきりさせるのがいいんじゃないか、とはすぐに思いついた。

 さてどうやって本音を吐き出させるか。

 ダイアナにとっての緊急の課題となりそうだ。




 深夜に近い時間帯。いつもならダイアナはとっくに退社しているが、今日はデイビッドに対してアクションを起こすと決めていたので残っていた。


「なぁ、ちょっといいか」


 いつもの半分ほどの職員しかいない事務室で、ダイアナはデイビッドに声をかける。


「なんだ? こんな時間に残ってるなんて珍しいな」

「ちょっと確かめたいことがあってな。それよりも会議室に行こうぜ。ここじゃ話しづらい」


 何事かという顔をしたがデイビッドは異論なども唱えずにダイアナについてきた。

 しっかりとドアを閉め、鍵をかけて、手近な椅子に座る。


「おまえ、カールのことを聞いて、どう思った?」


 開口一番、本題に切り込むとデイビッドは苦笑いをした。


「前にも言ったと思うが、俺はあいつが裏で何をしていても驚かない。黒だとはっきりしたなら法の裁きを受けるようにしてやるだけだ」

「それは建前だろう? いや、それも本音かもしれないけど、全部じゃないはずだ」

「おまえが勝手に俺の心情を決めつけるな」


 ダイアナの強い口調にデイビッドは反論したが、ダイアナはかぶりを振った。


「気づいてないだろうが、いつものおまえと違いすぎる。何も思うところがないなんて言わせないぞ」


 デイビッドの目が宙を泳いだ。


「聞いてるのはオレだけだ。全部吐き出しちまえ。シラフじゃ無理ってんなら、これでも飲め」


 言いながらダイアナはワインのビンとグラスをドンとテーブルに置いた。


「マイケルの許可はもらってるから大丈夫だ」


 あっけにとられる相棒に、にししと笑って返してやる。

 しばらく固まっていたデイビッドは、ため息をついてワインに手を伸ばした。


「俺の両親は、俺が小学生の頃に離婚した」


 酒をつぎながらデイビッドは自らの過去を語り始めた。

 彼が父親に引き取られ、比較的穏やかに育っていったのはカールに聞いていた通りだった。機械いじりを楽しみ、やがてそれを生業にしたいと思うようになった。

 デイビッドが高校生になったころには母親もあまり干渉してこなくなった。


「両親が離婚したのに、わりと行き来してたんだな」

「そうだな。週末にはみんなで食卓を囲むことも多かった。それが俺らにとって一番いい距離だったのかもしれないな」


 だがカールが大学を出て友人の探偵事務所に働きに出るようになると、その集まりも次第に減っていった。

 子供達が独立していく、ごく自然の過程だろうと父親は言っていたし、デイビッドもそう思っていた。


「今にして思えば、そのころからカールはマフィアとつながりを持ったんじゃないかと考えられるな。おそらく仕事でマフィアとつながる何かがあったのだろう」


 グラスを傾け、デイビッドはうっすらと笑う。


「俺は、そばにいる人の変化や、悪意を見抜くのが下手だな。だから兄貴がマフィアに関係していたことも、好きな女や友人のたくらみにも気づけなかった。諜報員として情けない限りだ」


 カールがマフィアとつながっていると知った時に彼が口にした「愚かだな」という言葉は、犯罪者であるカールに向けたというより、気づけなかった自分自身に向けたものだったのかもしれない。


 カールに関してはデイビッド本人が言うように割り切っているのかもしれないが、彼の心を鬱屈とさせているのは、自分自身への失望や叱責だった。


「でもよ、オレはおまえが相棒でよかったぞ。オレにはできないことをおまえは平然とやってのける。だから、これからも頼むぞ」


 ダイアナがもう一つグラスを出してワインをつぎ、ぐびりと音を立てて飲んでから言うと、デイビッドはやっといつもの笑顔を浮かべた。


「これからもリラ子のおもりか」

「そうそう。おまえはそうでないと」


 にししっと笑うとデイビッドも笑って返してきた。


 その後も二人でビンが空になるまで飲み、いい気分で帰宅した。


 翌日に会議室を使った同僚が「なんか会議室が酒臭かったんだが、誰だよ中で飲んだ奴は」と愚痴っているのを聞いて、ダイアナとデイビッドは顔を見合わせてにやりと笑った。

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