77 どうしてそんなに冷静なんだ

 ダイアナ達が撮影した映像をデイビッドがチェックし終えた。

 パーティ開始時に揃っていた十名は、ローザを除いて「一般客」だった。不動産関係にとどまらず、それなりの規模の企業で活躍する重役たちが主だった。

 だが最後にやってきた十一人目が、ダイアナの予想通り、マフィアに与しているとされている男だった。


「オルシーニの幹部と言われている男だな。今のところ逮捕歴はないがヤツがマフィアだとまことしやかにささやかれている」


 デイビッドがくだんの男のプロフィールを「グレーリスト」から抜粋した。


 グレーリストとは、過去に逮捕歴はないが犯罪に関わったであろう人物のリストだ。要注意人物リストと言える。


「後からやってきたのも、人目を避けてのことかもしれないな。パーティには出ずにディルバルトと密談をかわしている可能性がある」

「ディルバルトのところにこっそり盗聴器を仕掛けに行きたくなるな」

「忍び込むのは危険だな。セキュリティが厳しそうだ」

「おまえの開発グッズでどうにかならないのか?」

「なんとかならなくもないが、どんなセキュリティシステムかを調べつくさないと無理だな」


 ダイアナとデイビッドは顔を見合わせてうなった。


「ダイアナさん、ちょっといいですか。別件で手伝ってほしいことがあるのです」


 マイケルから声がかかった。


「直接の盗聴は妙案が思いついたら、かな」


 二人は同じ結論に達してうなずいた。


 ダイアナが小会議室に行くと、マイケルが無言でヘッドホンを差し出してきた。

 カールのところの盗聴か、とダイアナは飛びついた。


『今頃ディルバルト家に訪問した客の身元が明らかになっているでしょう』


 カールだ。

 しばらくの間があって、再びカールの声。


『はい。ではそのように。ミケールさんもお気をつけください』


 ミケール!?

 ダイアナは息をのんだ。


 カールの声はそれが最後で、車のエンジン音がかすかに聞こえてくるだけとなった。


 目を見開いたままダイアナは無言でヘッドホンをマイケルに手渡した。


「盗聴器が役に立ちましたね」


 マイケルは微笑を浮かべている。心から喜んでいるわけではなさそうだ。

 それはそうだろう。

 デイビッドの兄がマフィアとつながっているのがこれで明らかになったのだから。


「デイビッドには?」

「これから知らせます。あなたも同席しますか?」


 問われて、ダイアナはしばし考えた。

 相棒がどのような反応をするのか、知っておきたいと思った。


「立ち合うよ。捜査の方は、どうすれば、いい?」


 声が震える。

 身内のデイビッドが事実を知ったら自分が味わっている衝撃とはくらべものにならないものを受けることになるのだろう。

 デイビッドへの同情よりも、カールへの怒りが勝ってきた。


「あちらが何を狙っているのかを掴まねばなりません。ダイアナさんは今まで通りカールのそばで彼の指示に従って動いてください。こちらが気づいたことはカールには察せられないように」


 鼓動がうるさいぐらいに高鳴っている。

 ダイアナは胸元を手で押さえて、うなずいた。


「しかし、一番大事なのはあなたの身の安全です。無理や無茶だけはしないように」


 そんな悠長なことを言ってられないんじゃないか?

 ダイアナは反論しようとした。


「あなたに何かあれば、真実を知ったデイビッドが受けるショックが大きくなってしまいます」


 言われて、ダイアナはのどから出かかった言葉をぐっと飲みこんだ。


「……判った」


 低い声で短く応えるのが精一杯だった。




 すぐにデイビッドも会議室に呼ばれた。


「なんだ? 怖い顔をして。トイレを我慢しているなら今のうちに行っておけ」


 デイビッドのいつもの調子に、ダイアナはなんと返していいのか判らなかった。

 何かを言い返されると予想していたのだろう、デイビッドはダイアナが無言でいるのに首を傾げた。


「ダイアナさんの捜査のおかげで、新たな事実が発覚しました」


 微妙な空気を切り裂くようにマイケルが話し始める。


「カール・スペンサーはフランチェスコ・ミケールとつながっています」


 あぁ、めちゃくちゃどストレートだ、とダイアナは息をのんだ。


 デイビッドの顔色は……、いつもと変わらない。


「決定的な証拠を得たのですか」


 どうしてそんなに冷静なんだ? それとも平気なふうを装ってるのか?

 ダイアナは思わず声を挙げそうになったが、ぐっとこらえた。


「ダイアナさんが仕掛けた盗聴器に、おそらく電話の会話の一部がかかりました」


 マイケルもまた静かに真実を告げ、録音された音声を再生する。


 デイビッドは兄の声に眉間のしわを深めた。

 録音を聞き終えて、デイビッドは長い溜息をついた。


「愚かだな」


 ぽつりと、しかし、きっぱりと吐かれた一言には、どのような感情が込められているのだろう。


「黒と判ったならミケールはもちろん、カールも逮捕させないとな。これからどうするんですか?」


 マイケルは先ほどダイアナに答えた通り、しばらくはもう少ししっぽを出すまで様子見の方向で、と答えた。


「ダイアナはまだしばらくカールのところか。おまえ、気をつけろよ。顔に出やすいからな」

「お、おぅ」


 デイビッドは平然と、仕事が途中だからと会議室を出ていった。


「あれ。やせ我慢じゃないか?」

「そうかもしれませんが、我慢したいのであれば尊重しましょう」


 マイケルはそういうが、ダイアナはそこまで割り切れないものを感じていた。




 次の日、ダイアナは今まで通りキャンベル探偵事務所に向かった。


「おはようございますダイアナさん。昨日の録画、何か判りましたか?」


 キャンベルとカールが期待を込めた顔で尋ねてくる。


「最後に来た客が、オルシーニの男らしいぞ」


 デイビッドが突き止めた男の素性を二人に説明する。


「となると、やはりディルバルトがマフィアとつながっていることはほぼ間違いなさそうですね」


 カールが納得顔でうなずいている。


「その男がミケールという可能性も考えられませんか?」


 キャンベルが新しい仮説を出してきた。


「ミケールはオルシーニじゃなくてジョルダーノファミリーの幹部って話だろ?」

「しかしそれもまだ裏付けのない話ですからね」


 ダイアナの疑問にカールは「あらゆる可能性を想定しておいた方がいいでしょう」と答えた。


 こいつは、いけしゃあしゃあと。

 一体何が目的なんだ。

 ダイアナは、カールを睨みつけそうになるのをこらえて、腕組みをしてうつむく。


 カールの狙いは何か。

 ディルバルトがミケールであると誘導しておいて、ここに来て別の男がそうである可能性も、という。

 何に注目させたいのか。何から目を背けさせたいのか。


「何か思いつきましたか?」


 思考を中断させるカールの声に、ダイアナは顔をあげて大きく息をついた。


「さっぱりわかんねー」


 お手上げだと半笑いになるダイアナにカールもキャンベルも軽く笑った。


「地道に調査するしかないですね」


 そう、地道にやるしかない。

 おまえの狙いを近いうちに暴いてやる。

 ダイアナはカールを見つめてうなずいた。

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