76 こいつは黒だ

 ディルバルト家の向かい側に設置したカメラは問題なく門扉を映し出している。

 時々車がカメラの前を通過するがカメラは揺るがない。撮影を遮るのは一秒か二秒ほどなので問題なさそうだ。


 ダイアナ達が見張り初めて十分ほどで、ディルバルト家の使用人と思しき女性がやってきて門扉が開かれた。

 パーティ開始の三十分前になると、ちらほらと招待客らしき人達がやってくる。


 皆、門の前で車を降り、慣れた足取りで門をくぐっていく。

 常連ばかりなんだなとダイアナは見て取った。


 また一人、ハイヤーでやってきた客には見覚えがあった。


「ローザだ」


 モニターに映った女性を見てダイアナがつぶやく。


 ブラウンのスーツに身を包んだ彼女は、やはりものおじしない様子で敷地内へ入っていった。


 やがて全員が揃ったようで、門扉は閉ざされた。


「予定の客は集まったようですね」

 カールも同じ結論に達した。


「けれど、もうちょっと見張っといたほうがいいな」


 遅れてやってくる人がいるかもしれないし、そもそもパーティに参加しない客人も来るかもしれない。


 せっかくカメラを仕掛けたのだ。せめてパーティが終わるまでは人の流れは見ておいた方がいいと思われる。


 パーティが始まってから一時間ほどは、何の動きもなかった。

 見張っていた方がいいと判っていながらも、さすがに集中力が切れてくる。ダイアナは画面からそっと顔を背けてあくびをかみ殺した。


「車が……、停まりますね」


 カールの声にダイアナは息を飲んでモニターに再び食らいつく。

 車に詳しくないダイアナだが、上流階級御用達の車種だったっけと思い当れるほどの高級車だ。


 降りてきたのは、四十代ほどの男だ。かっちりとスーツを着込み、隙のない所作で応対に出てきた使用人に用向きを告げているようだ。

 使用人が門扉を開けると、男は中へと入っていった。


「なんだか、それっぽい雰囲気だったな」

 ダイアナが男の第一印象をつぶやいた。


「マフィアの関係者のようだということですか?」

「あぁ。暴力ばかりの下っ端じゃなくて、善人ぶってて裏でひどいことをやっていそうな雰囲気だ」


 応えて、ダイアナは自分の言葉にはっとした。

 なるほど、これがオレの感じてた違和感か、と。


 証拠があるわけではない。

 けど、きっとは黒だろう。

 まさに直観だ。


「身元はワークスで洗い出すとして、とにかく今は他に訪問者がいないか、だな」


 ダイアナが言うとカールは「そうですね」と営業スマイルで応えた。


 それ以降は訪問者はなく、三十分ほどで解散となったようだ。

 念のために出てくるゲストを確認したが、増えたり減ったりはなかった。


 キャンベル探偵事務所に立ち寄って所長に調査の報告をしてから、ダイアナはIMワークスに向かった。


 小会議室でマイケルとデイビッドに捜査の報告をして、撮影した映像をデイビッドに渡した。

 映像を確認するためデイビッドが退室する。


「それで、私にのみ報告したいこととはなんでしょう」


 マイケルに促されてダイアナはずっと感じていた違和の正体――といっても証拠はないが――を話した。


「オレ、やっぱカールは黒だと思うんだ」

「どうしてですか?」

「直観」


 マイケルはふふっと息を漏らした。


「そこに思い至るまでに何があったのですか?」

「ディルバルトの家を見張ってたらさ――」


 パーティ開始の時間から一時間ほど遅れて一人の男がやってきた。

 彼を見た瞬間、マフィアの関係者、しかも幹部クラスの男ではないかと思った。


 ダイアナが今まで接してきたマフィアの連中はみな、表に見せる顔や口調などは紳士だが、内面からにじみ出るどす黒い雰囲気があった。隠しきれない「気」だ。


 カールはその連中より悪人である「気」を隠すのがうまかったのだ。


「って感じたんだよ。けどまだ証拠がないからデイビッドには言わない方がいいかなって思ってさ」

「なるほど。ちなみにあなたの目から見てディルバルトはどう映っているのですか?」

「あの男もマフィアだと思ってる。ミケールじゃないにしても大物クラスじゃないかなって」


 マイケルはうなずいて、それならばカールに対する監視をもう少し厳重にしなければならないとつぶやいた。


「それなんだけどさ。オレ、仕掛けてきた」

「何をです?」

「盗聴器を、カールの車に」


 ディルバルトの家から探偵事務所に戻る間に、ダイアナはマイケルに渡された盗聴器の一つを助手席のヘッドレストに忍ばせた。


「相談もなしにやっちまったけど、あんたも『あなたが怪しいと感じたところに、必要に応じてつけられる物をつけてください』って言ってたしな」


 ダイアナは、にししっと笑った。

 彼女の報告に、初めこそ驚いていたマイケルだが、今は満足そうに笑っている。


「それでいいと思いますよ。証拠を得られる機会は多い方がいいですからね」


 果たして、車の中でボロを出すような話をするだろうかと考えると半々だとマイケルはいう。

 外では一切そのような会話をしないかもしれないし、自家用車という安心できる空間なら気を抜く可能性もある。


 カールは黒か白か、近々はっきりと判るかもしれない。

 弟であるデイビッドを思うとついつい、無関係な方がいいのにとダイアナは思った。

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