75 五人じゃなんとも言えないか

 引き続きディルバルトの調査をキャンベル探偵事務所に任せることになり、ダイアナは彼らの手助けをする。


 ダイアナの仕事は相変わらず書類整理がメインだが、ある程度、キャンベル探偵事務所の内情もつかめるので無駄な仕事とは言えない。


 人物調査をメインに行っているキャンベル探偵事務所には、過去の調査から様々な人物のデータがある。

 ダイアナは空き時間でそれらを閲覧していた。


 中には、彼女の記憶に残るような比較的大きな犯罪に関わった者の調査資料もあったりする。

 それらをこっそりとメモに残し、ワークスのデータベースと照らし合わせている。


 今もそうやってめぼしい情報はないかと探しているところだった。


「ディルバルトは週末にティーパーティを開くようですね」


 聞き込みを終えて帰ってきたカールが手ごたえありの満足げな顔でいう。


「親しい人を招いてのホームパーティです。どのような顔ぶれが集まるのか、調査してみましょう」

「オレもついて行っていいか?」

「もちろんです。むしろお願いしようと思っていました」


 もしもマフィアにつながる人物が招かれていればディルバルトは一層黒に近くなる。ミケールにも近づけるかもしれない。

 ダイアナは調査の進展を期待した。




 その日の探偵事務所での仕事を終え、ダイアナはいつものようにワークスへと帰社した。

 今日手に入れた事務所でのデータを早速ワークスのブラックリストと照らし合わせる。


 ブラックリストは、諜報部が独自にまとめている過去の犯罪者のデータだ。


「お、今日はマフィアの下っ端のさらに使いっ走りの男か」


 DV被害に会う女性から男の弱みを掴んでほしいと依頼された対象者が、末端も末端だがマフィアに関わっていたようだ。


 ファミリーは、オルシーニだ。


「性犯罪のとこか」


 DV男が性犯罪の組織とつながりがあるなど、さもありなんだとダイアナは鼻から大きく息を吐いた。


「カールのところの資料か」

 デイビッドが声をかけてきた。


 なんだか彼と話すのがとても久しぶりな気がする。実際はこうやってちょくちょく話をしているのだが。


「ああ、マフィアの下っ端の使いっ走りだ」


 ダイアナがデータを見せると、デイビッドはふぅんと相槌をうった。


「おまえが集めてきた資料もそろそろ十人ぐらいになるか」

「そうだな。別でファイル作ってみたけど――」


 ダイアナは言いながらくだんのファイルを開いた。

 カールの事務所から犯罪に関わった者のデータを集めてある。


「マフィアに関係しているのは五人か」


 デイビッドが一人一人のデータをざっと確認した。

 ダイアナも一緒になって眺めていたが、ふと気づいた。


「偶然かもしれないけど、ジョルダーノのヤツがいないな」

「そうだな。五人だからまだ本当に偶然なのだろうが」


 加えて、探偵事務所に舞い込んでくる一般人からの調査の結果なのだから、麻薬関係よりも性犯罪や詐欺の関係が多くなるのは考えられることだ、とデイビッドが付け加えた。


「それよりも、週末にディルバルトのところに行くそうだな」

「行くっつっても、どんなヤツが来てるのかを外から見るだけ、だけどな」

「それでも十分に気をつけろよ」

「判ってるよ。ここで張り込みがバレたら元も子もない」


 ダイアナの返事にデイビッドはうなずいた。


「そこで『暴漢が出たらぶちのめすから大丈夫』と言い出さなくなったのは進歩だな」

「さすがにそこまで猪突猛進じゃないつもりだぞ」

「そうだな。イノシシというよりは――」

「ゴリラだからな。はいはい」


 ダイアナは無理やりデイビッドの言葉の続きを引き取って終わらせた。


 デイビッドは笑った。満足げな笑みに思えた。

 きっと彼が何に対して「気をつけろ」と言ったのかを、ダイアナが把握している様子に対してだろう。


 今度は前みたいな失敗はできない。張り込みなら張り込みらしく隠れて調査しきってみせる。

 ダイアナは決意を新たにしていた。




 ディルバルトの私宅を見張る日は、よく晴れていて空気が冷たかった。

 張り込みにはあまり向いていない。日航の差し込み具合によっては見張る場所を変えなければならない。


 ディルバルトの家の周りには大人の肩ほどの植木が規則正しく植えられており、庭と外を仕切っている。

 ダイアナ達がディルバルト宅の近くに到着した昼過ぎは、白の門扉はしっかりと閉じられていた。


 この辺りは比較的裕福な市民が居を構えている。豪奢とまではいかないがそれなりに贅沢で高級な家が広々とした敷地の中に悠然と建っている。


「摩天楼の中と違って隠れる場所がさほどないのが難点ですね」


 一度家の前を車で通りすぎ、数百メートル離れたところに停車させ、カールがつぶやいた。


「近くに車をずっと停めていたら怪しまれるな」

「はい。なのでカメラを仕掛けましょう」


 門扉が映るところに小型カメラを設置し、張り込みは少し離れたところで映像を確認するのだ。


「どうやってつけるんだ?」

「車の不調を装って家の前に停まりますのでその時にそっと置いてきてください」


 ディルバルトの家の向かい側で停車するので、ダイアナがそっと向かいの家の壁にカメラをつける、という手順だ。


 ダイアナはカールから小型のカメラを受け取った。壁などに貼り付けられるタイプだ。


 手順が決まったところで、早速行動に移す。

 ふいに家の前に見知らぬ車が停まったら怪しまれないかとダイアナは心配したが、エンストを装って停車している数分間、ディルバルトの家から誰かが様子を見に来るということはなかった。


 ダイアナは無事、向かいの家の壁に小型カメラを設置することができた。


 再び家から離れ、カメラの映り具合を確認する。

 ディルバルト家の門扉が綺麗に映っていた。

 問題なく訪れる人をチェックできそうだ。


 さて、どんな人がくるのか。

 まだティーパーティの時間まで一時間近くあるが、ダイアナはじっとモニターを見つめ続けた。

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