74 相棒、オレのこと判りすぎ
ディルバルトの手から一瞬強い闘気を感じ取った。
ダイアナがカールに報告すると目を見開いて驚いた。
「極めし者だからマフィアに関わっていると考えるのは早計ですが、ローザがチェルレッティの幹部とつながっていたことを鑑みれば、ディルバルトもという可能性は高くなりましたね」
カールは探偵事務所に戻るまでずっと何かを考えているかのようだった。
「一つの可能性ですが」
キャンベル探偵事務所に戻ると、カールが仮説を述べ始めた。
「トーマス・ディルバルトこそがフランチェスコ・ミケールという可能性も考えられませんか」
ミケールはジョルダーノファミリーの幹部で極めし者だという話だ。ファミリーの奥の手とまで言われているとか。
しかし警察もそのような名前の男の存在はつかめなかった。ミケールが普段は偽名を使って生活をしていると考えられていて、まだその正体をつかめていない。
ディルバルトが、ニューヨークの三大マフィアファミリーをまとめようとしているミケールである可能性もゼロではないとカールは言う。
不動産関係の仕事もマフィアの隠れ蓑としては聞く話であるし、うまくやればそちらでも不正な収益を得ることは可能だ。富裕層からちょろまかした金がマフィアの活動資金に流れていくという構図も大いに考えられる。
「なるほど。その可能性も考えられますね」
カールの上司であるキャンベルもうなずいている。
あり得る話なのかもしれないとダイアナも思う。
だが、なんだろう。違和感を覚える。
この話をたやすく信じていいのかと考えると、引っかかるものがある。
それが何かは具体的には判らないが。
直観というやつだろうか。
しかしダイアナは異論を唱えることなくうなずいた。
「オレもそう思うよ。マイケル達に報告しておく」
彼女の応えにカールは笑みを浮かべてうなずいた。
キャンベル探偵事務所を辞した後、ダイアナはIMワークスの諜報部に立ち寄った。
「キャンベルからも報告があると思うけど」
ダイアナはマイケルとデイビッドに今日の捜査について報告した。
加えて、トーマス・ディルバルトがフランチェスコ・ミケールであるかもしれない、という仮説も伝えた。
ダイアナ自身には思うところがあるが、それはあえて伏せておいた。
「なるほど、それは興味深い考察ですね」
「が、おまえはなにか納得してなさそうだな」
マイケルがうなずいた後、デイビッドがすかさず指摘してくる。
できるだけ感情は抑えて報告のみに徹したつもりであったがあっさりと見破られている。
「おまえは顔に出やすい。諜報員としては感情を隠すが下手だ」
悪かったな、といってやりたいところだったがさらにイヤミが飛んでくるのは御免こうむるのでダイアナは深く息を吐くにとどめた。
「……だが、おまえの直感、あるいは直観はわりと当てになるものがあるのではないかと思う。その辺りは戦う者の強みなのかもな」
意外な誉め言葉にダイアナは嬉しいよりもちょっと気味が悪いと思ってしまった。
「そこは素直に喜んでおけよ」
デイビッドはダイアナの表情を読んだのか、意地悪そうに笑った。
「うっせーよ、悪かったな単純で」
ダイアナが歯をむき出すと「お、いつものリラ子だな」とますますニヤつかれる。
「それはさておき、おまえはどこに納得していないんだ」
問われて、ダイアナは居住まいを正して口を開いた。
「なにがって具体的なものはないんだ。ただ、なんてーか……、誰かの意図を感じるってのが一番近いかな」
「おそらくダイアナの直観は正しいでしょう」
マイケルが話に加わった。
「あえてディルバルトが怪しい。ミケールではないかという方向に持っていかれているのかもしれません」
「どうしてそのようなことを」
「もしも仕組まれているなら、ディルバルトが怪しいとにおわせ捜査の目をそちらに向けるためかと思われます」
「ミケールの正体を隠すため、ですか」
「そう考えるのが一番妥当でしょう」
二人のやり取りを聞いていたダイアナは、ふと違和の正体に思い当たる。
あの時なぜディルバルトから闘気を感じたのか。
ふいに体に触れられたならともかく、あの時はディルバルトから握手を求めてきた。
もしも本当にディルバルトがミケールならば、それを隠したいのであれば闘気は読み取れないように体の内に封印する。その間は極めし者の力は使えないが正体がバレる可能性を思えば当然負うべきリスクだ。
つまり、あえて闘気のかけらを読み取らせることにより、ディルバルトがミケールであるとミスリードを誘っているのではないか。
「そういうことかっ」
ダイアナは思いついたことを口早にマイケル達に告げた。
「おそらくそうでしょうね」
マイケルが満足そうにうなずいている。
「しかしどちらにしてもディルバルトの調査はもう少し続けた方がいいでしょう。彼自身がマフィアとつながっている可能性が大きいのですから」
引き続き、キャンベル探偵事務所に協力してもらうことにして、ダイアナは彼らの補佐をしつつ進展があったらどのような細かいことでも報告する、ということになった。
「ではダイアナにはこれを渡しておきましょう」
マイケルは超小型の盗聴器、盗撮用のカメラをダイアナに手渡した。
渡された物が思っていたよりも大量だったのでダイアナは落っことしそうになるのを慌てて掴みなおす。
一個か、せいぜい二個かと思っていたが、両のてのひらに乗るそれらは五つ。
「なんでこんなに?」
「どこにどのようなチャンスが転がっているか判りませんからね。あなたが怪しいと感じたところに、必要に応じてつけられる物をつけてください」
怪しいと思うヤツのそばに行くようなチャンスが巡ってきてくれればな、と期待しながらダイアナはてのひらの上の捜査グッズを自分の鞄にしまいに行った。
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