73 本当に反省してんのか
ローザとディルバルトが会うのはマンハッタン内のレストランらしい。二人が出てきたところでばったり出くわしたという形で接触を図る作戦だ。
「そんなことして、大丈夫なのか?」
「確かダイアナさんはローザと会ってますよね。なので変装せず、ローザのその後について尋ねていただくという形で。ディルバルト氏は自然と紹介される形になるでしょう」
その時は深い話はしなくていい。その後どうするかは相手との接触の仕方で考えよう、とカールは言う。
ダイアナには無理せず、ローザと二言三言、言葉を交わしてもらうだけでいい、と閉め括った。
「まぁ、それだけの接触でいいなら」
リスクはあれこれと頭をよぎったが、ダイアナとしてもローザがどういう態度で出てくるのかには興味があった。
ダイアナは変装を解いてレストランに向かうことになった。
夕方のマンハッタンは仕事を終えた人達でにぎわっている。
ローザ達が会うというレストランも食事を求める人達で一杯だった。
老若男女が行きかう中、ローザを見つけた。
姿を見るのは事件以来だが、少しやせたのではないかと感じた。しかし顔つきに変化はない。堂々と「普通の市民です」とふるまっている彼女は相変わらず一般人を装うのがうまい。
五分ほどしてから、三十代半ばほどの男が店のドアに近づいていった。
「あれがディルバルトです」
ダイアナと一緒に店の入口を見張っていたカールに言われて、ダイアナは男を注視した。
身長百七十半ばほどか、細身で、ダークブラウンの短髪をきっちりと整えた紳士だ。四十歳近いと聞いているが、一見、三十代前半に見える。
短い時間で見て取れたのはそれぐらいだ。外見やしぐさに大きな特徴はなかったように思う。
「さて、どれぐらいで出てきてくれますか」
カールが店の入口を見ながら軽く笑った。
二人は店の入口が見える、大通り沿いの脇道に身を潜めている。
普通ならばあまり立ち入りたくない場所だとカールは言う。
大通りから一本でも外れた細い道には犯罪者がたむろしていることが多い。カール一人で張り込む時は絶好のポイントであっても避けることが多い。しかし今は極めし者の中でも強いダイアナが一緒なので心強いとカールは笑った。
ダイアナは店の入口からカールに目を向ける。
穏やかな雰囲気の男だ。デイビッドに対しては辛辣なところもあるがそれ以外では何も問題はないように思える。
この人の好さげな男がマフィアの関係者かもしれないのが怖いところだ。
いや、今はディルバルトだと気持ちを持ち直してダイアナは店に視線を戻した。
ローザ達が店に入ってから一時間ほどして、カールが「来ましたよ」とつぶやいた。
告げられるまでもなくダイアナも二人の姿を捉えていた。
「それじゃちょっと話してくる」
ダイアナは気を引き締め、速足で店に向かった。
彼女が店の前に到着した時、ちょうど店のドアが開き、ローザが出てきた。
タイミングバッチリだと心の中で満足しながらダイアナは驚いた顔を作った。
「あんた……、ローザか?」
「ダイアナ?」
ローザは笑顔を引っ込めてばつの悪そうな顔をした。
「お知り合いかな?」
後ろから出てきた紳士が穏やかな口調でローザに尋ねている。
「ちょっとした知り合いだよ。保釈されたんだな」
前半はディルバルトに、後半はローザに。
「あぁ、あの件でご迷惑をおかけしましたか。それは申し訳ないことです」
「なんであんたが謝るんだよ」
ディルバルトの謝罪にダイアナはいぶかしむ。
「これは失礼いたしました。私はトーマス・ディルバルトと申します。ローザの世話役、というのが今は一番あっているでしょうか」
「世話役?」
「話せば長くなりそうです。ダイアナさん、でしたか、少しお時間をいただいてもよろしいですかな?」
予定では軽く話して終わるはずだった。予定外だが、ここで別れてしまっては充分に接点を持ったとはいえないだろう。
「あぁ、この後、特に用事はない」
「ならばここの近くの喫茶店でお話ししましょうか」
ディルバルトはにこりと笑うと歩き出した。ローザも当然のようについて行く。
ちらりと路地を見るとカールもうなずいているのでダイアナは二人の後を追った。
彼らが到着したのは、なんと、ダイアナお気に入りのバリスタの店だった。
ローザにとっては以前の仕事仲間の店になる。
「いらっしゃい。おや、こんばんは」
バリスタの男はローザを見て驚いたが、特別に何か会話するわけでもなかった。
席について、それぞれが飲み物を注文すると早速ディルバルトが話し始めた。
「私はローザの父親の友人でした。彼が亡くなってからは疎遠になっていましたが、その間にローザがあのようなことを……。友人の娘が犯罪に手を染めているのを黙って見過ごせずに、世話役となったのです」
ディルバルトがローザの財産や、刑期を終えて出てきた後の行動を管理するという。
「なるほど、現状は納得した。けど、それでもあんたがローザのやった事について謝る必要はない。あんたの監督下だったなら話は別だが」
言いながらダイアナはディルバルトからローザに視線を移した。
「保釈されたってことは警察には反省の意を示したってことだろ。あんた、被害者に詫びる気はあるのか?」
「それは、えぇ、もちろん」
ローザはしおらしくうなずいてダイアナを見つめた。
「リチャードにも謝らないといけないわね。連絡、取ってくれる?」
懐かしい名前だなとダイアナは思った。
実質リチャードと疎遠になってからまだ二か月と経っていないというのに、もう随分遠い昔のような気さえする。
「リチャードとは、もう会ってない」
「それって、まさか、わたしのせい?」
「そうだな。あの後気まずくなった」
あの事件と疎遠になるまでの間にもう一つ事件があるのだが、それは言わないお約束だ。
「そうだったの。ごめんなさい」
ローザは真摯に謝っているように感じる。
だがこいつは口だけだろうと思ってしまうのは先入観だろうか。
八年近く前にデイビッドを騙した時以来、更生していないのだからそういう目で見てしまうのはしかたないんじゃないかとダイアナは思う。
「ローザの行いで被害を被ったなら、慰謝料をお支払いいたしますよ」
ディルバルトが二人の会話の邪魔をしないようにと気を使ってか、静かに告げた。
「いいよ。金が欲しいわけじゃないんだ。ローザがきちんと更生するならそれでいいと思う。まぁでもほかの被害者にはそういう詫び方もありだと思う」
「判りました。ダイアナさんがそうおっしゃるのであれば」
「世話役を引き受けたなら、彼女のこと、しっかりと見てやってくれよ」
ダイアナの言葉にディルバルトは深くうなずいた。
「それじゃ、オレはこれで」
ダイアナが立ち上がるとディルバルトも倣った。
「お引止めしてすみませんでした。少しの間でしたが、お話できてよかったです」
ディルバルトは手を差し出した。握手をしようというのだ。
拒む理由もない。ダイアナは相手の手を握った。
――これは。
一瞬のことだったが、男の手からは強い力を感じた。
闘気だ。
極めし者なのか。
ダイアナは目を見張った。
「どうかされましたか?」
「あぁ、いや。それじゃ」
ダイアナはコーヒー代をテーブルに置こうとしたがディルバルトに固辞されたので引き下がった。
改めて礼と別れの挨拶を述べて、ダイアナは喫茶店を出た。
ディルバルトが極めし者。
ただの世話役じゃないってことか?
カールのもとに戻るまで、ダイアナは悪い予感をぬぐえなかった。
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