72 探り探られ

 デイビッド発案の作戦は警察も了承し、保釈金を支払ったローザは一時的に自由の身となった。

 本人には当然知らせていないが、彼女には常時監視の目がついている。もしかするとそれぐらいのことは察しているかもしれないが。


 その、監視体制の中にマークス・キャンベル法律事務所も入っている。

 きちんと仕事をするか、彼らをも監視するためだ。


 ローザは保釈されて数日間は特に行動を起こした様子はなかったが、一週間ほど経ったころから頻繁に同じ人物と接触し始めているという。


「ローザが会っているのは、トーマス・ディルバルトという男です」


 報告のためIMワークスにやってきたカールが告げる。


 トーマス・ディルバルトは、アッパーウェストサイドを対象とした不動産会社を経営している四十手前の男だ。彼の素性についてはすぐに警察でも確認が取れた。


「ローザと、その、トーマスなんとかってのはどんな関係なんだ?」

「会っている時のふるまいから年の離れた友人と思えますが、まだそこまでは調査は進んでいません」


 ダイアナの問いにカールは申し訳なさそうに答えた。


「どうせ犯罪がらみのつながりだろう。あの女が利害なしで立場も年も違う男と仲良くなどするはずがない」

「それは偏見の入った私見ですよデイビッド。色眼鏡で見ては真実を見失うことがあるのは、あなたもご存知でしょう」


 デイビッドが吐き捨てるように言うのをマイケルが制した。指摘され、デイビッドは「すみません」と短く詫びた。


「とはいえ、可能性がないわけではありませんね。直接の友人ではなく、上司のつながりかもしれません」


 ローザはチェルレッティファミリーの構成員、ダニエルの指示で動いていた。そのダニエルとトーマス・ディルバルトがつながっているとも考えられる。


「では、ディルバルト氏について、こちらで調査しましょうか」

 カールが申し出た。


「そうですね。お願いします。仕事についてもですが、彼の交友関係を中心に調べていただきたい」

「了解いたしました。……ひとつ、お願いがあるのですが」

「なんでしょう」

「今回の調査の間ダイアナさんをお借りしてよろしいでしょうか。毎日とはいいません。都合のつく時だけでいいので。張り込みなどがバレてもめごとになった時に、極めし者であるダイアナさんがいてくださればとても安心です」


 カールの申し出にダイアナは驚いて、カールを見た後マイケルに判断をゆだねる視線を送った。


「なるほど。それでしたらダイアナを使ってやってください。護衛だけでなく調査の手伝いもしていただきましょう」


 いいのか? というように小首をかしげるダイアナにマイケルは大きくうなずいた。


「よかった。ダイアナさんがついていただければこちらも安心です。よろしくお願いします」


 ダイアナが探偵事務所に派遣されるのは明日からということで話がまとまり、カールは帰っていった。




 ダイアナは退社直前にマイケルに厳命を受けた。


「明日からはマークスやカールのいう通りの仕事をしていてくだい。明らかに身に危険が降りかかるような無茶なことを言われない限り、彼らの捜査、作戦を実行するのかの確認や報告をする必要もありません」

「判ってる。オレは彼らの注意を引くための、いってみりゃオトリだろ。もしかしてオレが何かを探りに来たのかもって思わせておいて、ワークスの見張りの目から注意をそらせるための」


 一度見張りに失敗しているダイアナだからこその役回りだ。


「そうです、それと」


 マイケルが唇に笑みを浮かべた。


「あなた自身の修練のためでもあります。探偵事務所がどのような仕事をするのか、ノウハウを掴んできてください。これからの諜報活動で役立つはずです」


 実地研修といったところか、とダイアナはうなずいた。


「重要な役割です。しっかりとこなしてくださることを期待しています」


 マイケルの激励にダイアナは力強くうなずいた。




 翌日からダイアナは一旦IMワークスに出社し、“キャンディ”の装いでキャンベル探偵事務所へと「出向」した。

 ダイアナの装いでいた方がいい場合も考えられるのでメイクなどの変装セットも持ち歩いている。


 事務所で任されるのは主に資料の整理だった。

 一般の探偵事務所の仕事もこなしつつ、IMワークスの調査に協力するのだ。聞き込みや張り込みなどで得た情報は混同してはならない。ダイアナの役割も大切な仕事だ。


 元々、キャンベルとカールしかいない小さな事務所だ。資料整理に一人付きっきりでいてくれるととても助かると所長のキャンベルにはいたく歓迎されている。


 また、ディルバルトに関する聞き込みにはダイアナも同行した。


 ディルバルトは不動産会社を経営していて、ライバルもいるし、大切な資産を預ける者が用心として探偵に会社を調べさせることもある。なので探偵がディルバルトの身辺を調査してもある程度までなら気に留められないだろう。


「とはいえ、もしもディルバルトがマフィアの関係者なら今は警戒していることでしょう。充分に注意しないといけません」


 カールは聞き込み相手の人選、質問の要点と話の持ち出し方、相手に気づかれにくい張り込みのポイントなどを教えてくれた。


 カールがマフィア関係者だったとしたらこういうのを敵に塩を送るって言うんだろうかとダイアナは複雑な心境だ。

 こんなに無防備にあっさりと事務所の仕事の仕方を教えるのは、やましいことがないからだろうか、とも思うがそれこそダイアナを安心させるための作戦と考えられなくもない。


 深く考えればドツボにハマりそうなので、ダイアナは早々にその辺りを考えることを放棄した。


「今日の夕方、ローザがディルバルトと接触するようですね」


 キャンベルが言う。


「ではダイアナさんにもついてきていただきましょうか」


 カールがなにか名案を思いついたという顔で言う。


「二人が会っているところに、偶然を装って近づいていただきましょう」


 えっ。

 ダイアナは驚きに目をみはった。

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