71 幹部より怖いヤツ

 ダイアナはキャンベル探偵事務所の見張りから外れることになった。

 見つかってしまったからにはしかたないだろう。


 彼女の代わりに同僚の担当時間が伸びてしまって申し訳ない。

 課長のジョルジュからは「最近ちょっとは使えるようになってきたと思っていたのに、やはりダメか」と、ある意味小言よりもキツい一言が漏れた。


 だってしょうがないじゃないか、とダイアナは思う。

 元々極めし者の腕を売りにして諜報の世界に入ったのだ。パソコンの扱いなどは勉強して習得したがその分、隠密調査などのノウハウは、知識では知っていても実績がない。


 人には向き不向きがあるし、適材適所なんて言葉もある。

 やっぱりオレは悪人どもを直接ぶっ飛ばすのが一番むいているのだとダイアナは思った。


 もうデイビッドにリラ子だとイヤミを言われからかわれても「それがオレだ」と開き直るしかない。


 そんなことを考えながらモニターとにらめっこしていると、マイケルから呼び出された。

 今日はデイビッドも一緒だ。カールのことではないのだろう。


 いつも通り小会議室に入室するとマイケルとジョルジュが待っていた。


「昨年の暮れに逮捕したサマンサ達の取り調べで、マフィアファミリーの動きがある程度つかめました」


 マイケルが話を切り出した。


 サマンサ達――もちろんネット上の偽名だった――がジョルダーノファミリーの動きとこれからのマフィアの狙いらしきものを供述した。


 彼女らはジョルダーノファミリーの構成員お抱えの戦闘員だった。

 幹部達は他の二つのファミリーに次々に打撃を与える警察と、それに協力するIMワークス諜報部に危機感を抱き、攪乱を狙ってダイアナにターゲットを絞った。


 ダイアナを潰せば警察側は極めし者を力づくで取り押さえる手段を半分以上失うことになるからだ。警察が組織する極めし者対策班よりダイアナの方が強いのだ。


 そしてそれが失敗に終わった今、おそらくファミリーが次に考えているのは三大ファミリーの結束だろう、と彼女らは告げた。


 元々、自組織の拡大を狙い足を引っ張り合っていた三つのファミリーだが、活動を潰されてしまっては元も子もない。まずは共通の敵であるIMワークスに報復をという動きになるだろう。


 その中心を担うのは、ジョルダーノファミリーの幹部、フランチェスコ・ミケールという男だ。ボスが信頼を置く人物だという。

 彼自身も極めし者であり、ファミリーの奥の手とも言われている。


 彼が極めし者として表に出てくることはなかったが、もしも再びジョルダーノファミリーに危機が迫るなら彼が動くのではないかとサマンサ達の直接の上司は予想していた、という。


「サマンサ達の直接の上司は誰なのですか」

 デイビッドが問う。


「それが、そこについては頑なに口を閉ざしているそうです」

 マイケルは困り顔だ。


「組織の幹部の名前は明かしたのに、なんでそこだけ黙ってんだ? ふつう逆じゃねぇ?」


 ダイアナの疑問にマイケルは肯定の相槌をうった。


「タバサいわく『ミケールも怖いが、あの人は違った意味でもっと怖い』だそうです」

「極めし者なのか?」

「いえ。そういう怖さではなく、自分の害になると判断すればそれこそ身内だろうが何のためらいも無く切り捨てる男だそうです」

「接点の少ない極めし者幹部より、直接の上司の非情な面の方が自分達に累が及ぶというところか」


 デイビッドが納得したようにつぶやいた。


「たとえ証人保護プログラムを使って逃げたとしても、執念深く追いかけてきて粛清されるだろう、と恐れていたようですよ」


 極めし者である二人がそれだけ恐れる上司とはどんな男だろうか。

 絵に描いたような狂暴で粗野な男だろうか。それとも、一見無害そうに見える男だろうか。


 ダイアナの思考を遮るようにマイケルが続ける。


「おそらく、ミケールならば名前を出されても切り抜けられるだろうという目算もあるのでしょう」


 供述に基づいて警察が調べたが、今のところフランチェスコ・ミケールという人物を探し出すことすらできていない。偽名を名乗り生活をしているのか、逆にフランチェスコ・ミケールが偽名なのかのどちらかだろう。


「そんな相手、どうやって見つけるんだ?」

「まず存在を探すところからとなると、情報屋や探偵も駆使して、ということになりますね」


 裏社会に通じる者達を使うと、こちらがフランチェスコ・ミケールを探していると相手にバレてしまうが、三大ファミリーの結束を阻止するにはどうしてもまとめ役を担う彼を探し出さねばならない。

 背に腹は代えられないといったところか。


「ならばそちらに目を向けて、他の人物に着目するという手もありますね」


 デイビッドが発案した。


 警察側がミケールを探しているという動きをかぎつければ相手は彼の正体がバレないように注意を向けるだろう。

 だが三大ファミリーの結束ともなると他の組織にも動きはある。それを探り当てればいいのではないか、とデイビッドは言う。


「ちょうど泳がせやすいヤツがいますし」


 ブランド品のイミテーションを売りつけていた詐欺の容疑で逮捕されているローザあたりの仮釈放を認めれば、きっといいように動いてくれる。

 言いながらデイビッドはにやりと笑った。


「うわぁ、いい案だろうけど、悪い顔だなおまえ」


 そういうダイアナも口元に笑みがこぼれている。


「ではそのように流れを作りましょう」


 武力解決班の悪い笑みを見て苦笑するマイケルが締めくくった。

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