70 イニシアチブを握るのは難しい
デイビッドに興味があるふうを装うのはいいが、あからさまに恋愛感情を表に出しても白々しくなるだろう。
「あ、変に誤解するなよ。相棒としての興味だからな」
「そうでしたか」
うなずきながらもカールはすっかりダイアナがデイビッドに恋愛感情を抱いていると誤解しているような表情でいる。
「デイビッドは子供の頃から機械とか好きだったのか?」
「ええ。父がそういった仕事をしていて真似事をしているうちに興味を持ってという感じですね」
しかし母はもうちょっと運動にも力を入れたらどうかとよく父と軽く口論をしていた。
父親が体が丈夫な方ではなく、母親はそれを機械いじりのせいだと思っていたようなのだ。
「旦那は機械をいじるからひょろいって思ってたのか」
「正確には、内にこもってるばかりだからといったところでしょうね」
「それでデイビッドが同じようにひ弱になっちゃ困ると」
「そうみたいです」
やがて夫婦の細かな亀裂は修復不可能となり、些細なことから大喧嘩に発展して離婚したそうだ。
カールが高校生、デイビッドが小学校高学年の頃だった。
カールは母親、デイビッドは父親に引き取られた。
母はデイビッドも引き取りたかったそうだがデイビッドが父について行きたいと言ったので尊重したとか。
「それからは週末ぐらいにしか会わなかったですし、私が大学に行く頃には家族で集まることもなくなっていったので、彼がどうして今の会社に入ろうと思ったかは判りません。連絡は取り合ってましたが深い話はあまりしていなかったので」
「あんたとデイビッドって五歳差だったよな。あんたが探偵になったころ、デイビッドは高校生か?」
ダイアナの質問にカールはうなずいた。
「てっきり機械技術を学ぶのに大学に行くものと思っていましたので就職するとは思いませんでした」
ふぅん、とダイアナは相槌をうった。
デイビッドの作る捜査グッズは大したものだと思う。直接恩恵にあずかるようになってから痛感している。
その技術が若い頃から開花していたなら、そういったサポートを目的にIMワークスがスカウトしたということも考えられる。
「ま、オレとしちゃデイビッドがいてくれたおかげであのグッズが使えるわけだからありがたい話だ」
「なるほど。デイビッドはお役に立っているようですね」
「そりゃもちろんだよ。あいつがいなくちゃ困る」
身内へのリップサービスも兼ねて、ダイアナはデイビッドを持ち上げておいた。
相棒を落とすデイビッドよりもオレの方が大人な対応だ。
ダイアナは、にやっと笑みを浮かべた。
「ところでダイアナさんはどうしてあの会社に?」
気分よくいたところにカールからの質問が飛んできてダイアナは血の気が引くのを感じた。
仕事のことはもちろん、プライベートも話してはならない。
もしもカールがジョルダーノファミリーとつながっている場合、どんな話だどんな弱みにつながるか判らないからだ。
IMワークスで働くきっかけは、仕事にもプライベートにもつながってくる話題だ。
ダイアナは口ごもってしまった。
コーヒーを一口すすることで間を持たせ、どう応えるかを瞬時に考えた。
「……いろいろとあってさ。その話はあんまりしたくないな」
はぐらかすというよりは本音が漏れた答えとなった。
諜報の世界を知るきっかけとなったケレスの事件については話したくない。
カールは「そうですか」と相槌を打ってそれ以上は深く訪ねてこなかった。
この話の流れを変えなければ。
「それよりもオレが知りたいのは――」
ダイアナを遮るように、スマートフォンが着信を告げる。
カールに断りをいれて電話に出る。
『すぐに社に来てください』
相手はマイケルだった。
判ったと応えながら、助かったとダイアナはほっと息をついた。
「すまない、呼び出された」
コーヒー代をテーブルに置きながら告げる。
「そうですか。残念です。今度もっとゆっくりとお話したいです」
カールは笑顔でダイアナを見送った。
喫茶店を出て、改めて自分がとても緊張していたのだと自覚する。
冷たい風に吹かれて身が縮まるが、それ以上に安堵を覚えながらダイアナはIMワークスに向かった。
「事務所を見張るという任務なのに、なぜカールと話をしているのですか」
ワークスの会議室で、開口一番、マイケルに叱られた。
「いや、だって、喫茶店に入ってきたから。……って、なんで知ってんだ?」
「ちょうど手の空いている者がいたので交代を早めようと行っていただいたのです」
本当か? とダイアナは首をひねる。
もしかして信用されていないからもう一人フォローがついていたのではないか?
しかしそれを言うと「自覚があるのですね」とかなんとか、イヤミが帰ってくるであろうことは想像できたので、言及はしないでおいた。
「それで、どのような話をしたのですか?」
問われるままにダイアナはカールとの会話を報告した。
「話術はカールの方が上ということですね」
マイケルの感想が耳に痛かった。
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