69 オレだって諜報員の端くれだ
カールはコーヒーを注文した。
よかったとダイアナはほっとする。食事中の相手に「それじゃオレはこれで」とは切り出しにくい。
「お友達とは、買い物ですか?」
カールが会話を持ち掛けてきた。
「そんなとこ。オレは今日はこれってものが見つからなかったから何も買わずじまいだ」
「ダイアナさんはどんな服装が好みなんですか?」
これって、個人情報に当たるのかな。
そんなことが瞬間的に頭に浮かんだ。
まぁ服の趣味ぐらいいいかとすぐに結論を出してダイアナは「そうだなぁ」とつぶやいてから答えた。
「オレは動きやすいのがいいな。脚にフィットするパンツとか」
「それはやはり仕事柄ですか?」
ん、これは仕事の話に持って行こうとしているのか。
だったら、オレのことを聞かれる前に相手の話にすり替えてしまえ。
話の方向性を決めてダイアナはうなずいた。
「それもあるけど、子供の頃からだ。カールは? 仕事柄だと、地味系?」
「えっ? 仕事柄で地味?」
「ほら、尾行とかで目立っちゃいけないとかで地味な服とか」
言うと、カールは愉快そうに笑った。
「なるほどそういう発想ですか」
「変だったか?」
「いえ。確かに派手な服で尾行はしませんね。もしもするならそういった服の方がかえって目立たない場所に行くときかな」
派手な服が目立たない時ってどんな時だ?
ダイアナが首をかしげるとカールは「例えば、クラブとかですね」と付け足した。
そういえばオルシーニファミリーの捜査の際にクラブに立ち入った時、客はみな割と派手な服装をしていた。ダイアナ自身も普段あまり着ないようなタイトスカートのスーツだった。
「探偵の仕事ってどんなのか興味あるな。やっぱ警察の捜査に協力する感じ?」
「いえ、うちでは素行調査をメインに行っています」
「うちではって、他は違うってことか?」
「それぞれの事務所に得意分野、専門分野があるのです。例えるなら弁護士と一言でいっても被告人の弁護を請け負う人もいれば、離婚関係をメインに請け負う人、企業の問題を取り扱う人と様々に別れているのと同じです」
運ばれてきたコーヒーを美味しそうに飲みながらカールがそう説明してくれた。
へぇ、と感心の相槌を返すダイアナをカールは興味深そうに見つめる。
「探偵の仕事に興味があるのですか?」
「まぁそれもあるけど、知らないことを知るって結構面白いよなぁって」
元々ダイアナは好奇心の強い方だ。
できれば大学にも通いたいと思っていた。当時はパソコンに関して興味があったので情報科学系の勉強をしたいと思っていた。
だが妹ケレスの事件があり、悠長に勉強を続ける気持ちは吹き飛んだ。
あれから六年近く経ち、無理やり飛び込んだ諜報界でもまれてきたが今は少しだけ心の余裕もできた。
そうなると、知らなかったことを知る面白さを思い出してくる。
今から勉学の道に戻ろうとは思わないが、もしあの時ケレスが事件に巻き込まれて亡くならなければ自分はどんな道を歩み、今どうしているのだろうと思うことはある。
「知的好奇心があるのですね。デイビッドももっと人を見る目を養った方がいいな」
思わぬところでデイビッドの名が出てきてダイアナは「へ?」と間の抜けた声を漏らす。
「あなたは極めし者としては優秀だが、ちょっと目を離すと暴れまわるだけのゴリラ女だから扱いが難しい、とね」
「そんなことをっ」
あんの野郎、月曜日に会ったら見てろよ。
心の中で報復を誓いつつ、この場は苦笑するにとどめておいた。
「あんたが探偵でデイビッドもああいう仕事って、偶然?」
何気なく訪ねるとカールは首を傾げた。
「少なくとも私から仕事についてこうしろああしろと言った覚えはないですね。彼がどうして選んだのかも聞いていませんが」
「ふぅん。今度聞いてみようかな」
「デイビッドが気になりますか?」
思いもよらない質問が発せられた。
「気になるってか――」
否定しかけて、ダイアナはふと考えを改めた。
見張りを始めた時から、最悪、カールに察せられそうになった時の言い訳として、デイビッドの話を聞きに来たというごまかし方は考えていた。カールに話を聞こうかどうしようか事務所のそばでためらっていた、という苦しい言い訳だ。
だがこの会話の流れだとそこまで不自然ではない。
デイビッドに興味があるふうを装えばカールの話も自然と聞き出せるだろう。
つまりこの話題は「使える」とダイアナは考え直したのだ。
「まぁ、そりゃ、相棒だしな」
ちょっと恥じらうように言うと、思惑通りカールは興味津々という表情になった。
デイビッドほど口はうまくないがオレだって諜報員の端くれだ。情報の一つくらい引き出してやる。
ダイアナはひそかに意気込んでいた。
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