67 身内なんだから仕方ない
数日後、マークス・キャンベルとカール・スペンサーがIMワークスの諜報部にやってきた。
二人は到着するなり早速部長達と面談をするために会議室に入っていった。
ちらりと見た感じ、マフィアと通じている、あるいはマフィアに与するその人である可能性など、全く感じなかった。
ダイアナが戦っている映像を流したパソコンが彼らの事務所のものであるという調査結果を疑いたくなるほどだ。
その感触は、彼らが会議室を出てきてから諜報員達に挨拶に来た時も変わらなかった。
「あ、ダイアナさん、こんにちは」
カールが笑顔で挨拶をしてくる。彼は友人であり雇い主でもある探偵のキャンベルを紹介した。
キャンベルは人当りのよさそうな三十代ほどの男だ。少々小太りな体と柔和な笑顔がお人よしそうな雰囲気を醸し出している。
「おそらくワークスさんと契約を結ばせていただくことになると思います。よろしくお願いします」
キャンベルは笑顔のまま会釈をした。
「あぁ、こちらこそ」
ダイアナも笑みを浮かべて返した。
「デイビッドも、よろしくな」
カールは以前会った時よりも穏やかな顔でデイビッドに接している。
デイビッドは「あぁ」と短く応えるだけだった。
表情はあまり変わっていないが、おそらく困惑しているであろうことをダイアナは察した。
「調子狂うって感じか」
カール達が帰って行ってから尋ねてみた。
「そうだな。おまえにはともかく、俺には何かしら一言イヤミのような言葉をかけてきたのにそれもなかったし」
「契約が結べそうだから機嫌がよかったんだろう。あと、上司の前だしあんまりなことは言えないだろう」
「そうだといいが。裏があるかもしれないと考えるとな」
「そんな感触だったのか?」
「判らん。……身内を疑うというのは、思っていた以上にストレスだな」
パソコンの件が明らかになった時は、あの兄のことだからマフィアに与しているとしても驚かない、と思っていたが、時間がたつと「捜査は間違いだっただろうか」という考えがちらついてくる、とデイビッドが言う。
「身内なんだからそんなもんだろ。ま、シロかクロかそのうちはっきりするんじゃないか?」
あんまり考えすぎるなよというダイアナの言葉にデイビットは小さくうなずいた。
その日の午後、ダイアナのスマートフォンに着信があった。
マイケルからのメッセージだ。
なんでわざわざこっちに? と疑問に思いつつメッセージアプリを起動する。
『デイビッドに気づかれないように会議室に来てください』
メッセージを黙読して、あぁ、と納得した。
何を言われるのか内容までは判らないがカールのことだろう。
なんでもなかったふうにスマートフォンをしまって、パソコンで五分ほど作業をした後、ダイアナは何気なく離席した。
別に悪いことをしているわけでもないのに緊張する。
どこに行くのかと問われればトイレだとでもいえばいいだけのことだが、諜報員相手には嘘が通じない気がした。
誰にも声を掛けられることなくシステム開発部第三課の部屋を出ると、自然と安堵のため息が漏れた。
周りに誰もいないことをさっと視線を巡らせて確認すると、ダイアナは小会議室に足を踏み入れた。
会議室にはジョルジュとマイケルが座って待っていた。
彼らの向かい側に腰かけて、ダイアナは「で、何の話だ?」と切り出した。
「予想はついているというお顔ですね」
「カールのことじゃないのか?」
「そうです。身内であるデイビッドには伏せて、あなたにお願いがあるのです」
マイケルがお願いという名の命令を切り出した。
ダイアナに、カールの、正確にはキャンベル探偵事務所の見張りをしてほしい、という。
期間は一か月ほど。時間は夕方の五時から八時までだ。
「毎日ですので、当然週末もです」
「元々あんまり決まった休日ってのに縁のない職場だ。期間はいいとして……」
ダイアナは元々、隠密行動には向いていないと自覚している。
相手は探偵だ。一か月もあればこちらが隠れて見張っていることもばれるのではないか。
「相手に見つかれずにってなると、オレはちょっと不向きじゃないか?」
「そう難しいことではありません。事務所の人の出入りだけチェックしていただければいいのですから。相手の正体まで探らなくてもいいのです。それはデータを送ってもらえればこちらでもできますし」
ならば逆に自分が駆り出される意味が判らない。
デイビッドに内緒なら、彼との接触の少ない課員にやらせればいいのではないか。
「他の者も交代で見張ることになっておる」
ジョルジュがダイアナの考えを見透かしたように付け足した。
「おまえの担当が夕方から夜というだけのことだ」
その時間はきっと人の出入りが一番活発な時間だろう。なので、もしもジョルダーノの息のかかった者がいればダイアナに直接見ておいてもらった方がいい、と説明が付け加えられる。
「もしもカール達と、デイビッドにも察せられたなら、うまい言い訳を考えておけよ」
こんな一言が追加されるということは、ダイアナが見つかってしまう可能性も考えているのか。
「じゃあ、“キャンディ”じゃなくてダイアナとして行ってもいいか?」
「その方が都合がいいのなら、そうしてください」
「ただし“キャンディ”ではない間は、極めし者としての力は封印だぞ。おまえは熱くなると後先考えず飛び出しかねん。そこだけは必ず守れ。おまえ自身のためにも――」
「わーかってるよ」
このまま話させると三十分は指導という名のイヤミを聞かされることになりそうだ。
ダイアナは「用件がそれだけなら仕事に戻るよ」と席を立った。
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