悪人どもはオレが全員ぶっ飛ばす!

66 まさかの申し出

 年が明けた。


 ダイアナにとって激動、とまではいかないかもしれないが、それなりにあれこれとあった二〇三〇年だった。


 諜報部に武力解決班が設けられ、デイビッドと共に班員となったのが春だった。

 ニューヨークのマフィア三大ファミリーの末端との戦いを繰り広げ、勝利を収めてきた。

 末端といっても、それぞれに厄介な相手であり、倒したことによりファミリーへの打撃は期待以上に大きかったようだ。


 犯罪者許すまじのダイアナにとってはいいことだらけだが、一つだけ、心にまだ引っかかったままなのが、リチャードのことだ。


 彼を恋愛対象として好きかと問われると、ためらわずノーと答えるだろう。

 だが、友人としては自覚していたよりも大切だと感じていたようだ。


 自分が諜報員で、リチャードを利用したのだと告白した時の彼の何とも言えない表情が忘れられない。

 言いたいこともたくさんあっただろうに飲み込んで、最後までダイアナの良き友人でいてくれた。


 今度もしも顔を合わせることがあったらどうすればいいのか、どんな態度で、どんな言葉をかければいいのか。そもそも話などしてもいいのか。

 最適解にたどり着けず、ダイアナはフィットネスジムに足を運べずにいた。


「――っだー! オレらしくねぇ!」


 思わず大声を出してしまい、課員達の驚きの視線を集めてしまった。


「叫ぶ時と場所を考えろ」


 新年早々、いつも通り冷ややかなデイビッドのつっこみが飛んできた。


「うん、悪かった」


 この場合ダイアナにしか非がないので素直に謝るしかない。


「離れてみて初めて判る大切さ、か」


 デイビッドがにやにやしている。


「違うぞ。離れる前から友人として大切だったのは気づいてた」


 だからこそ離れたんだ、とダイアナがつぶやくとデイビッドは納得顔でうなずいた。


「こういう職業だからなぁ。特におまえは矢面に立つから恨みを買うことも増えるし。それでも家族や友人を巻き込まないようにうまく立ち回ってる諜報員もいるけど――」

「なぁ、それなんだけど」


 デイビッドの言葉を遮ってダイアナは疑問を投げかけた。


「なんで、“キャンディ”がオレだとジョルダーノの連中にバレたんだろうな」


 特に身元を特定されるようなことはなかったはずだ、とダイアナは首を傾げた。


「確かに。“キャンディ”がIMワークスの諜報員だ、ぐらいまでは見当がつくとしても、ダイアナおまえ個人に結びついたのはなぜだか、判らないな」


 デイビッドにも心当たりはなさそうだ。

 まさか身内に内通者が、と考えて、ふと思い出した。

 デイビッドの兄、カールが務めているキャンベル探偵事務所に嫌疑がかかった件はどうなってる? と。


「考えたくないけどさ――」


 ダイアナが話し始めるのと、マイケルから二人に声がかかるのが同時だった。

 いつものように小会議室で密談をかわすことになったが、今回はダイアナはもちろん、デイビッドにも予想外の内容だった。


「マークス・キャンベル氏がワークスと正式な協力関係を結びたい、と言っているそうです」

「それって、キャンベルの探偵事務所と捜査協力協定を結ぶってことか」


 ダイアナの問いにマイケルは首肯した。


 あのキャンベルの事務所と協定を結ぶのか? とダイアナは首をかしげる。


 捜査協力協定は、相手に毎月一定額の協力金を支払うかわりに、いつでも捜査の協力依頼ができる、という関係を結ぶことをいう。


 依頼人の数に左右され収入が安定しない探偵事務所にとって、一定の収入が約束されるのは魅力的だろう。


 新人の頃、このシステムの話を初めて聞いた時、諜報組織が探偵に依頼をするなんておかしな話だとダイアナは思った。そもそも内密に捜査する組織だから諜報組織ではないのか。自分の専門業務を他に依頼するとはどういうことか、と。


 だが働いてみて判った。

 調べなければならない案件が重なった時などは、とてもではないが十名足らずの諜報員だけでは対処しきれない。探偵や情報屋など外部の協力者は必要不可欠だ。


 それだけに、協定を結ぶ相手は完全に信頼できなければならない。もたらされた情報を疑っている余地などないからだ。


 マークス・キャンベル探偵事務所は、その「完全に信頼できる相手」なのだろうか、というのがダイアナの疑問だ。


「キャンベルの嫌疑は晴れたのですか」


 デイビッドが問う。

 彼もダイアナと同じ懸念を抱いていたようだ。


 マークス・キャンベルとカール・スペンサーにはジョルダーノファミリーとつながっている可能性が考えられている。

 ダイアナの活動をインターネット上に公開したパソコンが、キャンベルの事務所で使われていたものであろうと突き止められたからだ。


 それからは怪しい動きはない。

 だが彼らの疑いが完全に晴れたわけでもないのだ。


「いえ。だからこそ契約を結ぼうと上層部は考えているようです」


 マイケルが答えた。


「泳がせて様子を見るということですね」


 デイビッドがマイケルの答えの続きを察したようだ。


「はい。少々危険な賭けになりますが」


 マフィアには、捜査関係者と親密になってはいけないという掟があった。最盛期を誇っていたマフィアファミリーはこれを含む「血の掟」を厳守していたようだが、今の組織もそうとは限らない。

 なのでカールは諜報員の兄だから白だとは断じることができないのだ。


「イタリア系以外も幹部になってるみたいだしなぁ。昔あった決まりなんて、形だけになっててもおかしくないってことか」


 ダイアナが言うとマイケルはまたうなずいた。


「キャンベル氏に関して、今はこちらが疑っていることは伏せていますし、探偵事務所の活動に問題がなければ断るのも逆に不自然というのもあります」


 ならいっそ手の届く範囲で活動させて、黒いところがあるならぼろを出させよう、ということだ。


「これから彼らとの接触も増えるでしょうから、必要以上の情報は洩れないようにお願いします。プライベートも含めて、です」


 もしもジョルダーノファミリーとつながりがあるなら、弱みにつながりそうなところを掴ませるわけにはいかない。

 ダイアナは力強くうなずいた。

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