65 ブラックサンタの夜は長い

 戦闘終了後、すぐに警官達が突入してきた。

 気絶したサマンサはあっさりと拘束され、タバサも抵抗なく両脇を抱えられる。


「あんた、なんであの時わたしにも身を守れって言ったんだい?」


 タバサがつぶやくような声で問いかけてきた。

 サマンサの絶技のタイミングでのことを言っているのだろう。

 ダイアナは息をついて、答えた。


「あんたは社会のゴミだが、やっぱり目の前で死なれちゃ気分が悪いからさ。悪人はぶっ飛ばなさなきゃならねぇが、死ねとまでは思ってない」


 タバサは、はん、と小ばかにしたように鼻を鳴らした。


「その結果、復讐に来る奴がいてもかい?」

「そん時ゃ、またぶっ飛ばせばいい。何度だって返り討ちにしてやる。このキャンディがな」


 ダイアナの応えに、タバサは肩をすくめた。


「あんたなら、やりかねないな。“クレイジー・キャンディ”」

「だーれがクレイジーだ」


 憤然とするダイアナの横を、警官達に拘束されたタバサが通り過ぎていく。


「せいぜい気をつけな。ファミリーはやられたあだは返してくる」


 ジョルダーノが報復をしてくるということか、とダイアナはうなずいた。


 そうなったとしてもまたしりぞければいいだけのことだ。

 ダイアナは、さして気に留めず相棒の元へと向かった。


 建物の外でデイビッドが警官と話をしている。

 犯人拘束への協力と、今後の捜査についての簡単な説明はすぐに終わった。


 警官は「キャンディさんもありがとうございました」と礼を述べて離れていった。

 現場検証などは警察に任せて、ダイアナはデイビッドと撤退するのみとなった。

 大きな仕事を終えた直後で、いつもなら爽快な気分のダイアナだが、今日は少し違う。


「あー、“ソルティ”。悪い、壊れたみたいだ」


 ダイアナはヘッドギアを外しておずおずとダイアナに差し出す。

 夜の闇を照らすパトカーのライトにちらりちらりと染められるデイビッドの顔が厳しくなった。


 極めし者の二人より、ある意味怖いかもしれない。

 だがそれも一瞬のこと。


「あの闘気の量なら仕方ない。修理するか作り直せばいい」


 予想外の寛容な言葉にダイアナは大きく長い溜め息をついた。


「なんだ、その、イタズラを報告して親が思ってたより怒らなかった的な反応は」


 ダイアナの心境としては似たようなものである。


「いや、だって、おまえのいつもの態度見てたら『よくも俺の傑作をー!』ってスタンガンで攻撃して来そうじゃないか」


 素直に本音を告げるとデイビッドはまた厳しい顔になった。


「それは機械をぞんざいに扱った場合だ。壊れちまったぞ、しゃーないよな機械だし、とか言われたらそうしたかもしれないな」


 壊れちまったぞ、のくだりがダイアナの口調をまねたのか、いつものデイビッドと違っていたので思わずダイアナは噴き出した。


「それとも問答無用でスタンガンがよかったか? とはいえ、極めし者に当たるとは思えないがな」


 笑われて照れ臭くなったのかデイビッドはそっぽを向いて言った。


「いや、遠慮する。変なとこで体力消耗したくねー。疲れたし」

「ダイアナ、だよね?」


 さて帰ろうかと口にしかけたダイアナだったがその前に声をかけられてぎくりとなる、

 リチャードだ。警官に何か断ってからこちらに歩いてきている。


 げっ、いたのかよ。

 思わず口走りそうになるのをぐっとこらえた。


「えー、っと、アタシはキャンディだ。ダイアナじゃない」


 ついさっきまで素で話していたのを聞かれていたなら今更取り繕ったところでどうにもならないのだが。


 沈黙が三人の間に降りた。

 気まずい。

 これは、なんとか切り抜けて帰らないととダイアナが考えていると。


「助けていただいてありがとうございました」


 リチャードが頭を下げた。ダイアナにというよりは二人に向けての謝意だった。


「まぁ、仕事だからな。無事で何よりだ」

 デイビッドが応えた。


 そういえば二階の窓から放り投げたのだったとダイアナは思い出した。

 デイビッドの言う通り、怪我などがなさそうでよかった。


「彼女と二人で話せますか?」


 さらりとリチャードがデイビッドに尋ねた。

 虚を突かれたダイアナは「……え」と声を漏らすのみだ。


「いいんじゃないか? この際だ、きっちり片を付けたらどうだ」


 デイビッドがダイアナに言う。


 そんな、なんの準備もなしに。なんていうかなんて全然考えてないぞ。

 ますます混乱するダイアナを残してデイビッドは捜査陣の方へと歩いて行った。


 おい見捨てるなよ。

 視線で訴えてみたがスルーされた。

 仕方がない、とダイアナはリチャードに向き直った。


「すまなかったな。巻き込んじまって」


 ダイアナとして、リチャードに詫びる。


「ダイアナが謝ることじゃないよ」


 リチャードはそういうが、何も今回に限った話ではない。


「いや、あんたと会ってからのあれこれだよ。そもそも最初のきっかけも意識は諜報員としての接触だった。オレは初めからあんたをだましてたんだ」


 告白してしまえば、気持ちがすぅっと軽くなった。


「あんたの友人のパブロがアヤシイと思ってあんたに近づいたし、ローザの偽物のバッグのことだって証拠が欲しかったからあんたを利用した」


 しかし、肩にのしかかる「秘め事」を下ろしてしまった気軽さとは違うものが、心に重く広がってきた。


「本当はあの事件が片付いたらすっぱり切ろうと思ってたんだ。けれど中途半端にしてしまって、結局あんたを傷つけたし、こんな事件にも巻き込んだ」


 もう一度「すまなかった」と頭を下げた。


「関係を切らなかったのは、僕がそうしてほしいと言ったから?」

「そうだな。言われてなかったらフェードアウトしてた。……あんたと話してる時間が、楽しかった。一人の人として、あんたのことは好きだったからだと思う」


 けれど、それももう終わりだ。

 終わらせなければ、また巻き込んでしまう。


 ダイアナの友人関係解消の言葉を待たずにリチャードは悲しそうな笑顔を浮かべた。


「よかった。そういってもらえて、嬉しいよ」


 ダイアナが言いたいことを察しているのだろう。


「僕も楽しかった。すごく、楽しかった。――それじゃ、元気で。あんまり無茶しないで」


 リチャードは手を振って、いつも通りに笑顔で歩き去った。


 あぁ、あいつとはこれっきりか。

 そう思うと、途端に寂しくなった。


 身勝手なのは重々承知している。


 最初から判っていたことだ。

 リチャードは純朴で、人がいい。裏社会などに関わってはいけないタイプだ。

 ならば遅かれ早かれ離れるしかなかった。

 居心地がいいからと友人でいたために、危険な目にあわせてしまった。


 これまでのあれこれを思い出しながら、ダイアナはため息をついた。


「オレが守るから付き合え、とは言えなかったか」


 戻ってきたデイビッドがニヤリと笑う。


「危険な目にもうあせちまったのにそんなこと言えるわけねーだろ」

「いい男だったのにな」

「まったくだ。なんでよりによってクリスマスイブなんだよ」

「さ、社に戻ってブラックサンタの報告会だ」


 武力解決班ブラックサンタコンビの夜は、まだ終わりそうになかった。



(麻薬密売人はクスリ常習者に囲まれてみろ 了)

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