64 終わりだと思ったら終わりじゃなかった
サマンサの闘気が爆発するように広がった。
途端にダイアナの全身に痛みが走る。
どんな攻撃がくるか判らなかったので首と胸を守っていたが、腕どころか腹や腰、脚に切り裂かれたような傷が広がる。頬も切れ、髪がなぶられもてあそばれる。
風の闘気を無数の刃のように飛ばす範囲技のようだ。
ヘッドギアにももちろん攻撃は当たり、ビシビシと細かいひびが入る音が聞こえた。
あー、こりゃデイビッドに怒られるな。
痛みの中でダイアナはぼんやりとそんなことを考えていた。
『……い、……じょう……。――えるか?』
途切れ途切れのデイビッドの声がヘッドギアから聞こえる。
デイビッドは闘気と熱源センサーでこちらの様子を見ているはずだ。おそらく今の絶技も見て取っているはず。ぶつ切りの声は安否を気遣うものだろう。
「問題ない」
短く返す。向こうが聞き取れたかは判らないがそれ以上返事がないのでおそらくはこちらの意図は伝わったはずだ。
ダイアナが問題ないと答えたのは、デイビッドを安心させるための嘘ではない。
たしかにダメージは相当のものだが、絶技というのは放った者の闘気をすべて使う技だ。
それを食らってもダイアナがまだ戦えるということは、サマンサの敗北は決定したようなもの。加えて、タバサも巻き込まれているはず。
形勢はダイアナに有利に傾いたと確信したのだ。
斜め前のタバサに目をやる。
片膝をついた彼女の服のあちこちが破れて血がにじんでいる。まだ戦えそうであるが先の攻撃はかなりのものだったのだろう。
あとはこいつを無力化して、とダイアナが考えていると。
サマンサの方からまた強烈な闘気を感じる。
「おいおい、今のは絶技だろ?」
思わず地声でつぶやいたが、その声はサマンサの哄笑にかき消される。
「絶技で闘気を使い果たしたから勝ったとか思ったぁ? ざーんねんだったね」
サマンサは目をぎらつかせてダイアナとタバサを見る。
「このわたしが、あんたらなんかに、負けてたまるか」
荒げた息の合間に言葉を挟んでいる。
こんな呼吸で闘気を操れるとは思えない。
そうか。FOか。
サマンサの異様な雰囲気と闘気の正体に思い至った。
「勝つのはわたしだぁ!」
甲高い、正気の沙汰とは思えない笑い声と共にサマンサが突っ込んできた。
タバサは人間としてどうかという意味で空恐ろしいものを感じたが。
サマンサの方が怖い。ホラー的な意味で。
だがそんな大振りな攻撃が当たるわけがない。
ダイアナは冷静に対処した。
タバサにも攻撃が飛んでいて、彼女は回避と防御に徹している。
もしかして二人は元々仲が悪いのだろうか。
いや、今はそれよりサマンサだ。
この調子ならタバサから攻撃がないであろうと見越してサマンサに集中する。
攻撃は大きく分けて直接打撃と闘気の範囲攻撃だ。どちらも薬物の力を得る前よりも強力になっている。
下手にガードすると腕が使い物にならなくなる。
ダイアナは分身や転移、二段ジャンプの超技を駆使して攻撃を避け、隙を見つけて反撃する。
はじめは笑いながら攻撃を仕掛けてきたサマンサが焦れ始める。
笑い声が、うまく行かない罵りの声に変わっていく。
雄たけびを上げながらサマンサは闘気を拳に集めていく。
そろそろ頃合いか。
次で最後にする、とダイアナも身構えた。
足を軽く前後に開き、重心はやや前へ。
呼吸をいつもより深く大きくすると彼女の闘気の輝きも応じるように強さを増す。
サマンサが拳を突き出し、突撃してきた。胸辺りを狙っている。
ダイアナは上体を後ろにそらした。前にかけていた体重を後ろへと移し、フィギュアスケーターのごとく体をしなやかに曲げる。
全身を包んでいた闘気は足へと移動していく。
足を思い切り跳ね上げた。
つま先がサマンサの腹を捉え、蹴りあげる。
インパクトの瞬間、ダイアナの黄色の闘気がはじけた。
見た目の華麗さとは裏腹の、強力な蹴りにサマンサの体は軽く持ち上げられ、吹き飛ばされる。
ダイアナが後方転回を完成させ、華麗に着地した時、サマンサは床に落ちてきた。
「『無敵』か」
タバサがつぶやいた。
ダイアナが放ったのは、タバサが言うように「無敵」と呼ばれる種類の超技だ。実際に無敵なわけではないが、高性能にして高火力のカウンター技だ。
ただ、多量の闘気を攻撃に費やすので放った後に極めし者としての身体能力が一瞬失われる。
ハイリスクハイリターンな超技だ。
タバサには応えず、サマンサを見る。もう立ち上がれなさそうだ。
タバサに視線を移す。もう戦う気はなさそうだ。
息をつく。やっと終わった。
「制圧完了」
まだヘッドセットが生きていることに少し期待しながらダイアナは通話機能でデイビッドに声をかけた。
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