62 しっかり連携取れてる相手は厄介だ

 靴に仕込まれたスイッチが作動する振動がかすかにかかとに伝わってきた。次の瞬間、ダイアナの体はあっという間にタバサの目の前に浮き上がっていた。

 極めし者の闘気ばかりを警戒していた犯人達は咄嗟に反応できない。


 てのひらサイズのボールを取り出して床にたたきつけた。

 ヘッドギアの向こうで爆発音がする。さすがに大音量は完全にシャットアウトできない。


 ダイアナにとってはそれだけの音だが、おそらく犯人には、とばっちりでリチャードにも、鼓膜がどうにかなるほどの音量だろう。


 耳を押さえてうずくまる犯人達を尻目にダイアナは窓枠跡の外にリチャードを投げた。


「“ソルティ”作、爆音弾。さすが機械オタク、いい仕事してる」


 ヘッドギアのスイッチを切ると再び周りの音が聞こえる。

 こちらもやはりデイビッドが作った「高性能ノイズキャンセラー」だそうだ。


 外からリチャードの「うわあっ」という悲鳴と、彼の体をエアクッションが受け止めた音が聞こえた。


「人質救出成功。さて、あとはアンタ達を捕まえて任務完了だ」


 頭を振りながら立ち上がった女達はダイアナをののしり吼えながら闘気を解放した。

 彼女達は真の極めし者トゥルー・オーバードのようだ。


「ふざけた真似しやがって。ぶっ殺す」

「元々、アングラサイトなんかを使ってふざけた真似を仕掛けてきたのはそっちだ。この“キャンディ”に手出しをしてきたからには相応の報いを受けると覚悟しろ」


 ダイアナも腰を落とし、闘気を解き放った。


 属性は、サマンサが素早さの「風」、タバサが回避回復の「水」だ。

 まだ爆音弾の影響が残っている間に畳みかけるのが得策だ。

 ダイアナはまずタバサに向かった。


 水属性の極めし者は属性固有の超技「回復」を有していることが多い。自らの治癒能力を促進し、軽い傷ならすぐにふさいでしまう。回復を使う暇も与えないで倒してしまわないと長期戦になってしまうからだ。


 犯人達が置いたカンテラ型フットライトと、互いの闘気の発光でようやく敵の顔がしっかりと見えた。

 サマンサは予想通り二十代ほど、タバサはもう少し上、三十代半ば、もしかすると四十代かもしれない。


 極めし者の動きそのものにあまり年齢による衰退は影響しない。闘気を解放している間は人間離れしているから。だがやはり基礎体力はしっかりと鍛えていないと年相応に衰える。


 タバサを無力化するのはそう手間取らないと思っていた。


 だがダイアナがタバサを攻め切る前にサマンサが邪魔をしてくる。

 タバサに軽くダメージを与えたところでサマンサの攻撃が飛んできて、そちらに対処している間にタバサが回復する。


 普段から連携の取れた戦いをしてきたのだろう。声かけもなくスムーズに動く二人にダイアナは舌打ちした。


 ならばサマンサを先に片付けるか、と思えば、サマンサは素早さを利用してあちこちに逃げ回る。彼女を追とタバサが水の闘気を飛ばしてくる。


 二人の実力は個々ではダイアナに劣るが、二人合わせるとダイアナと同等、あるいはそれ以上だ。


 楽に勝てるであろうと想像していた相手に苦戦するのは、精神的にくるものがある。

 焦りが生む隙をついて、タバサの「飛び道具」がダイアナにヒットした。


 たたらを踏むダイアナにすかさずサマンサが突っ込んできた。


 「転移」で辛くも攻撃を逃れた。

 戦いの主導権はいつの間にか敵が握っている。


 どうにか状況をひっくり返す戦法を見出さねばならない。


 ダイアナは二人一度に攻撃できる超技は持っていない。どうしても一人ずつに狙いを定めるしかないが、どちらを攻めに行ってももう一人に阻まれる。


 ならば月属性らしく攪乱作戦にするか。

 今思いつく最善策だ。


 ダイアナは「分身」を発動させた。四体の闘気の虚像がサマンサの周りを囲み、自身はタバサの後ろに位置どった。

 タバサの背後から蹴りを放つ。

 同時に、二人の体の周りに闘気が広がる。範囲攻撃だ。


 気づいたが対処が間に合わない。

 ダイアナは闘気を食らって吹っ飛ばされる。

 「二段ジャンプ」を応用し、壁に激突するのは免れた。


 なんとか床に足から着地したがダイアナは悟った。

 二人は「対“キャンディ”」の戦法を確立している。

 今まで“キャンディ”として活動してきた時の戦い方を何等かの方法で知っているのだ。

 ついついネット上への流出に気を取られていたが、撮影したものが必ず拡散されるわけではない。ひそかに手に入れていた映像から対策を練ったのだろう。


「これも一種の有名税ってヤツかな」


 思わず言葉が漏れた。


「もう打つ手なしかい? 思っていたより弱いんだねえ」

「相応の報いを受けると覚悟しろ、だっけ? 覚悟するのはそっちだよ」


 タバサが冷笑を浮かべ、サマンサは甲高い笑い声をあげる。


「侮るなよ。だてに武力解決班に属しているわけじゃない」


 余裕はないが、にぃっと笑ってやる。

 対策がないわけではない。研究されているなら相手が知らない技や戦い方に切り替えればいい。


 ダイアナは改めてどうやって戦うかを素早く頭の中で組み立てた。


 やはり、最初に倒すのはタバサの方だ。


 狙いを定め、睨みつけた。

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