60 あいつは姫属性か
さらに数日後、高校乱入事件の犯人の供述がワークスに届いた。
てっきり“タバサ”なる者の指示かと思っていたが違った。
だが事態はなお一層悪い。
あちこちのアングラサイトに“リラ子”の殺害依頼が書き込まれているというのだ。
今度の依頼人は“サマンサ”だそうだ。
「ブランド会社が怒りそうだな」
ダイアナは思わずつぶやいた。
「ブランド名になぞらえているとするなら、二人は知り合い、仲間、といったところでしょうか」
あるいは“タバサ”の模倣犯が“サマンサ”を名乗っている可能性もあるが。
「で、その書き込みは?」
「消えてますね。サイトごと消えているところもあります」
マイケルの答えにダイアナは荒い息をつく。
「どちらがしびれを切らすかの根競べ、といったところかな」
デイビッドが言う。
あちらはおそらくダイアナがキレてやらかすのを待っているのだろう。なのでこちらも“キャンディ”としての活動を続け、敵がボロを出すのを待つのが一番確実な作戦だ。
それは判っている。
だがそれだけでは、この先ずっと終わらない気がしてならない。
「“キャンディ”としての活動を強調し、あちらが何を仕掛けてもなんともないというアピールをしていくしかありませんね」
マイケルもほぼデイビッドと同意見だ。
やっぱりそれしかないよなぁ。
ダイアナは長い溜息をついた。
高校乱入事件以降もFOを利用した暴力事件が起こり、そのたびに“キャンディ”が出動して犯人を取り押さえた。
これを続けていればいつか黒幕にたどり着けると信じて動いていたダイアナは、数度“キャンディ”を演じてこの「キャラ」を気に入り始めた。
淡々と、粛々と、名乗りをあげて犯人を取り押さえる。敵を倒した後にお約束のようにドロップを口に放り込んで“キャンディ”という名前の由来まで強調して定着させる。
まさに正義のヒーローだ。
ネットでの評判も上々で、もうダイアナ本人と結び付けようとする動きはない。
“キャンディ”は“キャンディ”なのだ、という認識だ。
こうなってくるとダイアナの生活も安定してきて心に余裕が生まれる。
さらに警察から朗報が飛び込んできた。
“サマンサ”と“タバサ”の書き込みが行われたPCの場所が特定できたという。おそらくはジョルダーノファミリーのアジトの一つだ。翌日、捜査の手が入るという。
いいことづくめだった。
くしくも明日はクリスマスだ。サンタクロースからのビッグなプレゼントだと諜報部も楽観視していた。
「犯人にとっちゃ、ブラックサンタだな」
などと笑っていると。
「ダイアナ、デイビッド、会議室へ来てください」
マイケルが二人を呼んだ。声は平坦で表情も無に近い。
彼がこういう声と顔の時は、ろくなことがない。
何かまずいことが起こったのか。
二人は顔を見合わせた。
「何か知ってるか?」
「いや」
ならば本人に聞くしかない。
ダイアナ達はマイケルの背を追った。
「思っていたよりも、相手は短気で短絡的だったようです」
ぴしゃりとドアをしめ切った部屋で、マイケルが重い口調で告げる。
「“キャンディ”に宣戦布告が届きました」
「宣戦布告、……届いた、って、ここにか?」
「はい。システム開発部第三課当てに」
『キャンディへ。
イブの夜にニューヨーク郊外の廃ビルに来なければ、おまえの大切な男の命はない。
サマンサ』
とても判りやすい挑戦状にして脅迫状だ。
メールに添付された写真には、目隠しをされ後ろ手に縛られているリチャードが写っている。
「こりゃまた……」
それ以外、言葉が出てこなかった。
「無視をして警察に任せることもできますが」
「冗談だろう。行くに決まってんだろ」
「大切な男だからか?」
「あのなぁ。本気で言ってんなら頭おかしくなったかと本気で心配するぞ」
デイビッドの茶々にダイアナは笑った。
力み過ぎていた体全体が適度にリラックスする。
「出るからには、きっちりと決着をつけないとならないな」
「もちろんだ。これ以上引っ掻き回されてたまるか」
言いながら、ダイアナは高揚感を覚えていた。
誰が何のために仕掛けてきているのか判らない状態がずっと続いていたのだ。それが、今夜解決するのだ。
サマンサを捕まえることができれば敵の目的が判明する。
相手が何を狙っているのかが判れば対処もしやすいというものだ。
「サマンサが一人とは限らない。それなりの準備と覚悟が必要だな」
「準備は任せた。覚悟はとっくにできている」
「ふん、おまえらしい」
デイビッドが笑うのに、ダイアナも口の端を持ち上げて笑みを返した。
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