59 真犯人の考えが判らない
高校の敷地内にはすでにたくさんの警官達がいた。十二月の空気は冷たいが現場は緊張していて妙な熱気を感じる。
ダイアナとデイビッドは「ワークスの武力解決班だ」と名乗るとすぐに捜査陣に加えられた。
犯人は現在、施設内をあちこち移動して備品やドア、窓ガラスを破壊しているらしい。
取り囲んで発砲するといういつもの手段を取ろうにも、相手はどうやら極めし者らしい。
「薬物? 本物? 強さは?」
現場では“キャンディ”としての態度を崩さないように、ダイアナはヘッドギアを介して発言した。自分ではないようなたどたどしい発言に内心戸惑いつつも気にしていないふりだ。
「我々では判りません」
薄い白色のオーラをまとって銃弾を跳ね返したことから、闘気を有するということが判ったがそれ以上のことはまだ不明だという。
「フェイク、かな?」
デイビッドが言う。
いつものように熱源センサーと闘気センサーを校舎に向けて、受信したパソコンのモニターを見つめている。
ダイアナも横から覗いた。
断定はできないが、闘気が少し不安定に感じるので恐らくFOによるドーピングだろう。今のところ、闘気の量はさほど多くない。
「他に反応はなし。単独犯と断定していいだろう」
「なら、楽勝だ」
ダイアナがにぃっと口の端を持ち上げると、デイビッドも似た笑みを返してきた。
デイビッドは念のためセンサーで辺りを警戒し、何か異変があればヘッドギアを通してダイアナに伝えてくれる。
彼のサポートがあれば何かあっても大丈夫だ。
ダイアナは早速、校舎の中へと足を進めた。
生徒や教師の避難は終わっていて静まり返った校舎の中にダイアナのスニーカーの音が、きゅ、きゅ、と小さく響く。
犯人が最初に飛び込んだと思われる教室の中にはまだ赤い色を保った血液が散っている。被害者がいるようだ。
授業を受けていたら銃を持ったヤツが乱入してきて発砲した。
そりゃ避けられないだろうとダイアナは思う。
せめて撃たれたであろう被害者が助かってくれればと願いつつ犯人のいる場所へと近づいていく。
犯人が通った後はまるで建物の中を暴風が吹き荒れた後のように破壊の跡がある。
こういった事件の顛末は、銃を乱射した後に犯人も自殺するというパターンが多いように思うが、ここに居座っている犯人は死ぬ気はないのだろう。
さすがに「死ねよクソが」とまでは思わないが、何か違和感を覚える。
先日のフィットネスジムの犯人を思い出す。
交渉人には社会への不満を垂れながらその実、“リラ子”を捕まえようとしていた男。
彼と同じように、今回の犯人も誰かの差し金で……。
ダイアナがそこまで考えた時、ヘッドギアからデイビッドの声がする。
『犯人が動いた。おまえの方に向かってる』
了解の合図としてヘッドギアを軽く叩いて通信を切る。
前方、五メートルほどの教室の入口から男が出てくる。
三十代から四十代ほどだろうか、髪を短く借り上げた目つきの鋭い男だ。身長はダイアナより十センチほど高いが、体格はあまり良いとは思えない。
FOでかなりの量の闘気を得ていないと、ダイアナとは勝負にならないだろう。
その闘気だが、放出量は少ない。真の極めし者でいうなら闘気の扱いを覚えたばかりのひよっこ極めし者レベルだ。
だが実際の力を見るまでは油断はできないとダイアナは男を睨み、告げた。
「武器を捨てて投降しろ」
怒鳴るように念じなくとも言葉を発することができるようになってきた。もっと慣れればこれはこれで楽だろうなと思いつつ、男の反応を待つ。
「うるせぇ! おまえ“リラ子”だろ。そっちこそおとなしく殺されろ!」
「……は?」
今度は殺害狙いか。一体どうなっているのか。
首をかしげるが今はそれよりも犯人の拘束だ。
ダイアナは左足を引いて重心をぐっと落とすと廊下を蹴った。
まずはけん制の蹴りを放つ。
見事に男の脇腹に命中。
男は空き缶のようにあっけなく吹っ飛ばされた。
壁に激突した男は完全に伸びてしまった。
「……えっと?」
演技か? まだ起き上がってこないか?
数秒身構えたまま待ったが男は意識はあるが動けなさそうだ。
「おい、弱すぎだろう」
思わず漏れた一言を聞かれたとしてもきっとデイビッドだって同意するに違いない。
犯人確保の連絡をとって、改めて男を見る。
やっと上体を起こした男の目の前にダイアナは仁王立ちになった。
「どうせ取り調べられるが、先に聞いておく。誰にアタシを殺せと言われた」
男は、先ほどの威勢が演技だったのではというぐらいに縮こまっている。
「な、なんて強さだ。聞いていた以上だ……。さすが“リラ子”。まさにゴリラだ」
ダイアナに応えるのではなく、ダイアナを見上げ震えながらの独り言だ。
「アタシは“キャンディ”だ。ゴリラと一緒にするな」
「似合わねぇ」
反射的につぶやいた男の頭を、ダイアナは思わず平手ではたいていた。
男は無事逮捕された。
しかしダイアナは腑に落ちない。
先日は捕まえるように依頼された男の犯行で、今日はおそらく殺すように言われていた。
いったい誰が? そもそも依頼元がひとつとは限らない。
自分が思っているよりも広くから狙われているのか。
悪人に恨まれるのは仕方ない。逆恨みからの犯行があるなら叩き潰すだけだ。
だがこう立て続けに、依頼元が判らない攻撃がくるとさすがに気になる。
「取り調べが少し進展しましたよ」
ダイアナの疑問に答えるようなタイミングで、マイケルに小会議室に呼び出されて告げられた。
フィットネスジムの男は、彼自身が語っていた通り、仕事を不当解雇されふてくされている時に偶然、インターネットのアングラサイトであの仕事を見つけた。
正規の仕事が見つからないならアングラでもなんでも漁ってやると自暴自棄になり、あちこちのサイトを覗いた結果「女を拉致する仕事」として見つけたという。
「相手は“タバサ”というハンドルネームだったそうです。ネット上のやり取りなので当然顔は見ていないそうです。ちなみに、そのサイトはもう閉鎖されていました」
「タバサ、か。ネカマじゃなきゃ女の名前だな。具体的にどんな依頼だったんだ?」
「あなたの周りをかなり綿密に調べての依頼だったようですね」
フィットネスジムに通っているのでそこを襲えばいい。正体を隠しているだろうから連れの男性を人質にすれば出てくるだろう、というような指示を受けたそうだ。男が極めし者でないなら正面から戦って勝ち目はないから人質交換を持ち掛けてみろ、とも言われたとか。
マイケルの説明にダイアナは顔をしかめる。
「そこまでオレのことを知っていて自分でこないのは、自分の手を汚したくないからなのか、自分でやる自信がないのか」
「どちらも考えられますし、他にも理由があるかもしれませんね」
「くっそ面倒くせぇ」
ダイアナが吐き捨てるとマイケルも同意した。
「しばらくは相手の様子をみましょう。今回もその“タバサ”の差し金だとしたら、二回連続で失敗したことになります。何等かのボロが出てくるかもしれません」
回りくどいことしやがって。とっとと出てこい。
マイケルの提案にうなずきながら、ダイアナはふつふつと怒りを燃やしていた。
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