58 ちょっとした有名人だ

 外に出たダイアナとリチャードはすぐに警察から事情を聴取された。

 二人一緒だったのでダイアナはあくまでも一般女性を装った。


 おそらくダイアナの正体は聴取する刑事には伝わっているだろうが、こちらの事情を察してくれたのか、諜報員“キャンディ”として扱われることはなかった。


 人質となってからのリチャードの話で、犯人の様子がある程度把握できた。


 男は常にソワソワとしていたらしい。誰かこないか気にしているようだったとリチャードは言う。

 交渉が始まってからは少し落ち着いた様子になったが、水と食料をダイアナが持ってくることを了承したと聞くと、またそわそわしだした。


 後から聞いた男の話でなぜ彼がそんなに落ち着かなかったのかは理解できたが、とんだ人違いでダイアナが気の毒だとリチャードは締めくくった。


「リラ子って言われてるのと間違えられるなんてショックだな」


 ダイアナも苦笑まじりにあわせておいた。

 ちらと周りを見ると、同じように苦笑を浮かべている刑事が数名いた。彼らもダイアナが“キャンディ”すなわち“リラ子”であると知っているのだ。


「本当に、失礼だよね」


 リチャードがなんの疑問もなく憤慨しているのを見て、こいつ、本当にいい奴だなぁとダイアナは思わず笑みを漏らした。


 聴取が一通り終わると「今日はもう帰っていい」と言われた。後日、実況見分に立ち会ってもらうかもしれないと告げられ、解散となった。


 社に戻って状況を報告した方がいいだろうかとダイアナが考えていると、電話がかかってきた。


『今日はそのままお帰りください』


 スマホから聞こえてきたマイケルの声。挨拶もなしに突然出社を拒否された。


「え、なんで?」

『事件に巻き込まれた一般女性は解放されてすぐ職場に戻りませんよ』


 なるほど納得だ。


『明日からもまた頑張っていただきますので、今夜はゆっくりお安くみださい』

「判った。それじゃ」


 通話を切ってスマホをしまう。


 それにしても、とダイアナは考える。

 “リラ子”を捕まえろと男に命じたのは誰なのだろう。

 デイビッドの兄、カールか、彼の雇い主の探偵がもしジョルダーノファミリーの一員なら、彼の可能性が高いのかもしれない。


 それに、相手の本当の狙いは何だろう。

 ただダイアナを潰したいなら、それこそ直接攻めてくれば手っ取り早いが、なぜダイアナの正体を世間にさらすという方法を取っているのだろう。

 邪魔をするなという警告だろうか。それとも命を取るまでもないが活動は抑えたいといった感じなのだろうか。


 考え続けたが、答えは出ない。

 今日捕まった男が何か有力な供述をしてくれるとよいのだがと期待しつつ。ダイアナは自宅へと帰っていった。




 次の日から、ダイアナの周りはにわかに騒がしくなった。

 マシンガンで武装した男が街中で暴れ、挙句の果てに人質をとってフィットネスジムに立てこもったというのに一人の死者も出さずに解決したというニュースはニューヨーク中に戦慄と歓喜をもたらした。


 ダイアナは、人質となった友人のために犯人に接触した勇気ある女性として報じられ、テレビ局がインタビューに訪れたのだ。

 もちろん、ダイアナは一般人の範囲で応えた。


 リチャードにも取材が来ているようで、彼がインタビューに応えている様子はダイアナもテレビで知ることができた。


 報道では名前は伏せているし顔も映されていないが、フィットネスジムの常連から情報が洩れているようで家の近くでも取材陣にまじって野次馬がちらほらと見られるようになった。


「やりにくいったらない」


 ついつい、諜報部で漏らした一言にマイケルはニコニコとしている。


「いいではないですか。これで本格的にあなたが“キャンディ”とは別人だと世間に印象付けることができますよ」

「どういうことだよ?」

「“キャンディ”は勇猛果敢に悪人を倒す極めし者で、あなたはちょっと気は強いけれど非力な女性と演じ分けができれば、少なくともネット上では別人認定されて定着するということです」


 マイケルが確信めいたふうにいうので、ダイアナは察した。

 テレビ局に取材をするように持ち込んだのは彼だな、と。


「ということで、お仕事ですよ、“キャンディ”」


 あの事件に触発された模倣犯が銃とナイフを持って高校になだれ込んだので武力解決班の出番となった。


「変装のかつらの上からこれをつけろ」


 デイビッドが細い黒色フレームのヘッドギアを持ってきた。


「これをつければかつらが取れにくいし、俺と同じく考えたことを発信できる。考えがだだもれになって不利になると困るから強く念じないと思考は拾えないよう調整している。あと、ヘッドホン機能を切り替えるとこちらと通信もできる」

「そりゃ便利だな。けど、うーん」

「なんだ?」

「おまえとお揃いかぁ」

「どうでもいい」


 軽くボケをかましたつもりだがあっさりと切り捨てられてしまった。


 早速ヘッドギアを装着し、「それじゃ行ってくる」と頭の中で声にしてみた。

 だがうんともすんとも言わない。


 もっと強く考えろってか。


 ダイアナは頭の中で叫ぶイメージをした。


「行ってくる」


 普段のダイアナより少し高い落ち着いた音声がヘッドギアから発音された。


 抑えすぎじゃないかとも思ったが、考えたことがポンポンと漏れるよりはいいか、と考え直す。


「上出来だな。急いで作ったから少し心配していたが」


 デイビッドは満足そうだ。


「なんか、新作の実験体にされている気分だ」


 地声で言うと、デイビッドは「まさか」と言いながらにやにやと笑った。

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