55 信じろというなら信じてみる
マシンガンを持った男が歩いてくる。
今ならまだ逃げられる。ダイアナ一人なら。
だが隣でまだ倒れたまま呆然としているリチャードを連れていくのは無理だ。
なら見捨てるのか? と考えると行動に移せなかった。
ダイアナでいる間は闘気は使わない。
そう決めたばかりの今、こんなことに巻き込まれるとは。
悔しい気持ちを抱えて体を起こしたダイアナの目の前に、男が立ちはだかった。
銃口を向けてくる。
いくら闘気を使わないと決めたとはいえ、殺されては元も子もない。
いざとなったらすぐに動けるようにとダイアナは息を大きく吸い込んだ。
「やめろ」
襲撃者とダイアナの間に張り詰める緊張に一石を投じたのはリチャードだった。彼も床に膝をついた姿勢になって、ダイアナと同じように男を見上げている。
男の目に殺意が増す。
これは、まずい。
ダイアナが動こうとしたまさにその時、警官がなだれ込んできた。
「銃を捨てろ」
銃を構えた警官達から厳しい大声が飛んでくる。
遅い、と思ったが、同時に頼もしいとも思った。
これで犯人は下手に動くことができなくなった。抵抗すれば銃殺されるだけだ。
そう思ってほっとしたダイアナだったが、犯人は予想外の行動に出た。
男はマシンガンを警官達に放り投げ、奇声を上げてリチャードに襲い掛かった。
襲撃者の初動で、無謀にも警官に向かっていくのかと予想したダイアナは対応が遅れてしまった。
男はリチャードの頬を拳で殴ってひるませると、後ろに回り込んでナイフを喉元に突きつけた。
「警察は下がれ! 殺すぞ!」
少し癖のある英語だ。アクセントが外国人の英語のそれだなとダイアナは感じた。
「君、こっちへ」
警官の一人がダイアナに向かって小声で言う。
ダイアナは恐怖に震えるふりをしながら、じりじりっと入口の方へ後ずさった。
男はダイアナを制するような言動はしない。
人質が増えても厄介なだけと判断したのだろうか。
リチャードと目が合う。
恐怖に彩られているのは明らかだが、ダイアナを見て、かすかに笑みを浮かべた。
もしも発言が許されるなら「君が無事でよかった」と言いたげだ。
ダイアナがゆっくりと警官達のところにたどり着くと、男は改めて警察に外に出ろと怒鳴った。
一般人を真正面に盾に取られては、よほどの銃撃の腕前でなければおいそれと発砲はできないだろう。警察は一旦男の指示に従うことにした。
ダイアナは一足先に施設の外に出してもらえた。
冷たい空気が、今は心地よかった。
だが今は解放された喜びを味わっている場合ではない。ダイアナはスマートフォンを取り出して「IMワークス」に電話をかけた。
システム開発部第三課――諜報部につないでもらうとマイケルが電話に出た。
「オレだ、事件に巻き込まれて友人が犯人の人質になってる」
起こった出来事を早口で話しながら、ダイアナはちらちらと建物の入口を見た。
中は見えないが、今のところ動きはない。
リチャードが解放されてくれればと思うが、下手に動いて最悪の事態にはなってほしくない。
『事情は判りました。しかしあなたは絶対動いてはいけません。そこでご友人の無事を願っていてください』
「なぁ、“キャンディ”にどうにかしてもらうわけにはいかないのか?」
自分がいったん社に戻り、“キャンディ”として事態を収めに行きたいという意思表示だ。
『いけません。それが犯人の狙いかもしれないからです』
マイケルはきっぱりとした声だ。
「それが狙い?」
『“ソルティ”の推測ですが。詳しくは後程お伝えします。彼を信じて、待っていてください』
デイビッドを信じて待つ。
彼がどうにかするというのだろうか。
ダイアナにとってデイビッドは「ひょろ男」と呼ぶほどの非力な男だ。だが彼の策と機械での補助にはいつも助けられているし、体術もそこそこできる。諜報員となって十年近くの、そろそろベテランの域に達したといっていい男でもある。
信じて待てというからには、それだけのなにかがあるに違いない。
ダイアナはマイケルを、デイビッドを信じることにした。
警察の方でも動き出している。
独特の専門用語や隠語、暗号を使って無線などで会話しているので一般人には聞かれても通じないだろうが、ダイアナはその辺りの言葉も理解している。
彼らの会話によると、今は建物内の逃げ遅れた客を非常口の方へ集めて逃がしているところだ。
完了後、数名がこっそりと侵入し、犯人や人質の状況を把握する手はずのようだ。広い施設なので侵入口はたくさんあるし、犯人も把握しきれていないだろうという算段だ。
同時に、犯人と交渉も始める予定だ。携帯電話を差し入れ、
長期戦を想定しているのか、とダイアナはうなった。
早く解決してほしいが、あまり早急にことを進めるとリチャードの危険が増す。最悪犯人に、もっと最悪なことに警官に撃ち殺される。
デイビッドに策があるなら、それにいっそう期待したい。
と考えていると、スマートフフォンに着信した。
デイビッドからのメールだった。
『今回は俺に任せておけ。おまえの大切な男は無事助けだしてやる』
思わず笑ってしまった。
何を柄にもないことを言って、いや、書いてやがる、と小声でつぶやく。
『なにかっこつけてんだよ。そもそも大切な男とか、違うし』
返事をすると「冗談はさておいて」という文章と共にURLが送られてきた。
『状況を知りたいならその映像をみておけ』
開いてみると、映像が映っていた。
これはこの近くだなとダイアナは咄嗟に目をあちこちに動かす。
隣のビルのネオンサインがちらりと映像に映り込んだ。高さからしてヘッドギアにカメラをつけているのだろう。
もうデイビッドはこの近くにいるらしい。
途端に、ほっと安堵が胸に込み上げてくる。
『頼りにしてるぞ、相棒』
ダイアナは微笑を浮かべて、デイビッドに返信した。
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