53 重大な答えは地声で聞かせろ

 ダイアナの決意を込めた声が会議室の空気を震わせてから数秒後、ジョルジュが心配そうに顔をゆがめた。


「いいのか? 最悪、おまえの素性が世間にさらされるぞ」

「そんときは『オレ』は死ぬ。整形でも改名でもなんでもやってやるよ」


 大きな決断を口にしているとは思えないダイアナのすがすがしい笑みに、ジョルジュもうなずいた。


「そうか。ならば仕事中は“キャンディ”になり切ってもらうぞ」

「判ってる。ダイアナとして生活する時には荒事は避ける」


 力強くダイアナが言うとジョルジュの顔から不安の色が薄れていった。


「参考までに、なぜその選択をしたのか伺ってもいいですか?」


 マイケルが尋ねる。彼の個人的な興味ではなく立場上知っておかねばならないだろう、という雰囲気だ。


 ダイアナが答えようとした時、会議室のドアがノックされた。


 息を吸ったまま止まったダイアナを見て少し笑い、ジョルジュは会議室のドアを開けに行った。

 訪れたのはノートパソコンを手にしたデイビッドだった。


「お話し中失礼します。警察から捜査の進捗が届きました」


 まずはそちらからだなとジョルジュはダイアナを待たせてモニターを覗き込んでいる。


「やはりジョルダーノか。……ん? これは」


 ジョルジュの眉間のしわが深くなる。こういう顔をする時は彼の顔よりもより深刻ななにかが起きている。

 ダイアナはじっとジョルジュ達を見つめた。

 やがてジョルジュがダイアナとマイケルに顔を向けた。


「警察は捜査の次の段階に入ったそうだ」


 ダイアナの活躍のおかげでFOを買い求める顧客が減ったところで警察がおとり捜査として売人に近づいた。

 当初の読み通り、取引を持ち掛けると乗ってきた売人が二人いた。彼らからジョルダーノファミリーの関与をほのめかす情報を得ることができた。


「順調じゃないか。なんでそんな難しい顔してんだよ」


 ダイアナが怪訝に尋ねるとジョルジュはデイビッドを見た後、ひとつうなずいてから答えた。


「昨日おまえが捕まえた男の仲間が、おまえの映像を配信したあと、新たにそれと同じものと思われるものを編集して流した者がいる」


 早速か、とダイアナはため息をついた。

 自分でいると決めたばかりなのに、もう路線変更しなければならないのだろうか。


「その映像もすでに削除していて、それ以降は出回ってない、が――」


 どのプロバイダーや回線を使っているのか、IPアドレスも含め警察が調べたところ、外国のサーバーを経由していることが判った。巧妙に身元を突き止められないように仕組んでいるようだった。


「警察じゃ追い切れなかった。だから俺が試してみた」

 デイビッドが説明を引き取った。


「大元が、つかめたのか?」

「あぁ。マークス・キャンベル探偵事務所だ」


 どこかで聞いたことあるような? とダイアナが首をかしげるのを見てデイビッドが苦笑いを浮かべる。


「カール・スペンサー、俺の兄が働く探偵事務所だ」


 疑問の答えを明示されてもダイアナは数秒間呆けた顔のままだった。


「って、えぇぇっ!?」


 やっと頭の中で情報を整理したダイアナは思い切り声を上げた。


「この部屋が防音でよかったな」

 デイビッドは平然としている。


「いや、おまえ、なんでそんな冷静なんだよ?」

「犯人らしき相手が特定できたんだ。素晴らしい進展じゃないか」

「だって身内だぞ?」

「まだカールと決まったわけでもない。マークス・キャンベルかもしれない」

「そうだな。だがもしカールだったら?」

「決まっているだろう。犯罪者なら捕まえなければならん」


 デイビッドの表情はあまりにもいつも通り過ぎて、ダイアナにはかえって不自然に思えた。


 無理してるんじゃないか。

 そう思ったら、ダイアナは思わずデイビッドのヘッドギアをひったくっていた。


「……おい」


 戸惑いながらも短く抗議の声をあげるデイビッドの目を見つめ、ダイアナは人差し指を突きつける。


「家族を犯罪者として警察に突き出さなきゃならないかもしれないんだぞ。おまえも犯罪者の家族になるかもしれないんだぞ。本当に覚悟あんのかよ。機械の声じゃなくおまえ自身の声で言ってみろ。ためらいないのか?」

「ためらいなどない」

「即答かよっ」


 食い気味に返されたデイビッドの返事にダイアナは思わずがくりと肩を下げた。

 今度はデイビッドがダイアナからヘッドギアを取り戻して装着する。


「あいつは、カールは昔から自分のことしか考えてないヤツだ。マフィアの一員だとしても驚かないな」


 さらに追い打ちをかけるようなデイビッドの冷ややかな機械の声にダイアナは「そうかよ」としか返せなかった。


「もしもカールが、そうでなくともマークスがジョルダーノファミリー関係だとすると、今までの捜査への協力も納得できるな」


 デイビッドが言う。


 ジョルダーノファミリーにとって、オルシーニもチェルレッティも危うい均衡の上でバランスを保っているだけの敵組織だ。そちらの組織に捜査の手が伸びればジョルダーノが一躍ニューヨークの裏組織の頂点に立てるチャンスになる。なのでカールは捜査に協力したのだ。

 だが今度は自分の組織に対する捜査が始まったので、ダイアナの邪魔をする行動に出てきたのだ。


「カールがジョルダーノの関係者だとしたらオレのこともすっかりバレてるよな」

「そうだな。『リラ子』がおまえだと知っていて誘うような資料をよこしたんだろう」

「だったらなんですぐに『リラ子』がオレだと公表しないんだ?」

「決定的な証拠がないのにそんな発言をしたら逆に、おまえが諜報員だとあらかじめ知っている奴が発信したと疑われるだろう」


 なるほどとダイアナはうなずいた。諜報部以外でダイアナが諜報員だと知っているのは思いつく限りカールだけだ。


「で、これからどうするんだ?」


 ダイアナはデイビッドのあとにジョルジュとマイケルも見やって問う。


「これからのことは警察主体だ。こちらでしかできないことがあればまた要請がくるだろう」

「とりあえず、カールさん達にはジョルダーノとのつながりを疑っていることを察せられないようにしてください」


 ジョルジュとマイケルの答えに、ダイアナ達はうなずいた。

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