51 今の自分を捨てるか否か

 無事、FO使用者と仲間を警察に引き渡すことができたが、デイビッドの話ではあまり喜ばしい状況ではない。


 その場で簡単に動機などを聴取したが、犯人達はデイビッドの予想通り「リラ子」つまりダイアナの戦う姿、できれば素顔をネットにさらす目的で今回の行動を起こしたようなのだ。


 アパートの屋根の上にいた男は、ダイアナを盗撮していてすでに生配信としてネットで公開されてしまっている。

 FO使用者が「俺を倒したところで、おまえは――」と言いかけていたのはこのことだったのだろう。


 幸いなのは、ダイアナの姿をあまりしっかりととらえられていないことだ。変装もしているし、映像からこれがダイアナだと断定できるのは、彼女をよく知る者ぐらいだろう。

 また、撮影者は解説などを加えていない。声を出すと居場所がすぐにバレるからだろう。生配信なのでテロップなどでの演出もないので「一般の」視聴者が興味を持って見続けたかは疑問だ。


「っていっても、属性が月だってことや、多分オレが『転移』や『分身』を使ったってことは、見るヤツが見ればわかっちまうだろうな」


 ダイアナはドロップを口に放り込んで、噛み割った。声はいつも通りだが、ドロップが砕ける音にいら立ちが現れていた。


「それに、生配信だけで終わるかどうかも判らんしな」


 まだ詳しい供述は得られていないが、おそらく誰かに命令されてのことだろうとデイビッドは言う。


「その誰かってまさか」

「おそらくジョルダーノファミリーだろうな」


 ここまで計画的にやるということは、先ほどの映像も他で録画されて、編集されるかもしれない。それを流されるとダイアナの「身バレ」の危険が高まってしまう。


「ジョルダーノが組織的におまえを狙っているなら『リラ子』がIMワークスに勤めるダイアナ・トレイスであることを公表する動きに出るかもしれない」


 本名や顔がネットにさらされたら、諜報員として今までのように活動できなくなるかもしれないし私生活にも支障がでるだろう。


「そうなったら、別人にでもなるかな」


 顔を替え、本名を捨てて活動する諜報員も少なくない。


 両親とはもう疎遠だ。

 友人もいない。

 そう考えてふと心に浮かんだのは、リチャードだった。


(あいつは友人、と呼べるか)


 それでも、今の自分を捨てることに、さほど未練はなかった。


 犯罪者を一人でも減らすことがダイアナの生涯の目的といえる。遂行し続けるためには最近友人となった男を切り捨てるぐらいなんてことない。

 ダイアナはそう思っていた。


「おまえがそれでいいなら、いいんじゃないか」


 デイビッドが同意のような、そうでないような言葉を返してきた。


「なんか含みがあるような感じだが」

「気のせいだろう。なんにしろこれからのことはマイケルやジョルジュと相談すればいい」

「マイケルと、課長かぁ。なんか意味もなく怒られそうな気がするな」


 ダイアナの苦笑まじりの予想に、デイビッドは否定のことばは返さなかった。




 ワークスの諜報部に戻り、ジョルジュとマイケルに状況を報告する。


「相手がそんなことをたくらんでいるとはなぁ。ご苦労だったな、ダイアナ」

「ねぎらわれたっ!」


 予想と真逆の対応に思わずダイアナは驚きの声をあげる。


「私はいつでも仕事に対する正当な評価をしているつもりだが」

 ジョルジュは苦い顔だ。


「いや、結構いつも文句とか怒ったりとかしてると思うけど」

「それはおまえがそうさせておるだけだ」


 ダイアナは、むぅっと頬を膨らませる。


「それよりも、これからのことですが」

 マイケルが冷ややかに話を促した。


 もしも顔や名前を変えるのであれば、ネットで映像が広く出回る前に手を付けた方がいいとマイケルはいう。


「整形もしなければならないでしょうし、復帰するまでにちょっと時間がかかりそうなのが欠点です」

「登録も抹消して、ダイアナ・トレイスという人物は最初からワークスに勤めていないということにするのですね」


 デイビッドが問うのにマイケルは首肯した。


「ダイアナさんには友人はいないと聞いていますし、ご両親とも疎遠なのでしたら、怪しまれることはほぼないかと」

「リチャードとは、まだ連絡を取っているんだろう?」


 デイビッドがすかさず尋ねてきた。


「前の事件で協力してもらった人ですね。珍しく長く交流を続けているのですね」


 マイケルが興味深そうな目でダイアナを見た。


「ゴシップ的なもんを期待してんなら見当違いだぞ」

「そうなのですか。残念です」

「何が残念だってんだ」

「その方といい仲になったら、からかえるでしょう?」


 マイケルはしれっと言う。

 なぜかジョルジュまでニヤニヤとしているように見える。


「冗談はさておき、もうひとつ案があります」


 いっそネット上で「リラ子」と呼ばれている極めし者が“キャンディ”という「始末屋」であると公表してしまってもいいのでは、とマイケルが言う。

 “キャンディ”は警察に協力し、要請に応じて悪党を倒す正義の極めし者だとさらすことで、ダイアナ本人からは遠ざけられるかもしれない、というのだ。


 その場合、ダイアナ自身は極めし者としての活動を完全に封印することになる。“キャンディ”の装いをしていない時は、仕事時はもちろん私事でも、いついかなる時も闘気は使わないことが条件だ。


「変装していない時に闘気を使えないのはちょっと不便だなぁ」


 別人になるのに整形手術を受け、回復するまで時間がかかるなら二つ目の案を受け入れるのもいいかと考えていたが、思わぬ弊害だ。


 現時点でダイアナとしてはどちらでもいい、というのが正直な感想だ。


「今ここで決断を下さないといけないわけではありません。そうですね、明日か明後日までにどちらにするか決めてください」


 本当は今決めてほしいんだろうなとダイアナは思った。

 考える時間をくれたマイケルや、彼の言葉にうなずいているジョルジュの恩情に感謝しつつ、じっくり考えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る