50 出し惜しみしてられない

 山属性は力の属性だ。


 男が極めし者ではなく、単に薬がうまく適合しただけならさほど恐れることはない。

 だが彼が元々極めし者のうえドーピングして力が増しているなら、山属性そのものな戦い方をしかけてくるだろう。つまり、少々素早さを捨てても一撃の強さを優先する戦いだ。


 どちらにしろ、ダイアナは相手に隙を見せないような立ち回りをしなければならない。


 まずは真正面から突っ込み、突きと蹴りを繰り出して様子を見る。

 相手は回避よりブロックして有効打としない方法を好むようだ。ダイアナの攻撃を防ぐ腕は鉄板のようだ。


 かってーな、と顔をしかめる。


 たとえ本物の鋼鉄を殴ったところで戦闘モードのダイアナの拳がどうにかなるわけでもないが、あまりガードはさせたくない。

 そこから反撃に出られやすくなるかもしれないからだ。


 フェイントをかける作戦に切り替える。

 右に左にと軽く跳びながら男の目をかく乱する。


 ――こいつ、オレの動きをしっかりとらえてるな。


 男の対応は遅れがちで、ガードを崩しかけている今の状況は悪くはない。だが相手がダイアナの動きを目で追えているのには驚きだ。

 戦い慣れているとまではいわないが「極めし者」としての実戦経験はゼロではないのだろう。


 相手の目の前まで走り寄り、地面すれすれにまで低くかがみ視界から姿を消して、ダイアナは一気に伸びあがって拳を振るった。


 これなら相手の虚をつけたと思ったが、ダイアナの予想とは違う衝撃が加わった。

 手首を掴まれていると思ったら、投げ飛ばされていた。

 地面にたたきつけられる前に空中で回転し、足から着地できた。


 どっと嫌な汗が背中をつたう。

 もしも真下に叩きつけられていたら受け身も取れずにとんでもないダメージになっていただろう。


 できるだけ超技に頼らない戦いをしたい、というのがダイアナの戦いに対する考え方だ。

 だが悪人に後れを取るわけにはいかない。


 超技をふんだんに使って戦うしかないなとダイアナは再び腰を落とした。


「本物の極めし者の強さなんてそんなものか」

「ふん、序盤も序盤で、しかもこっちのダメージにもなってないのにそう判断するならおまえの戦闘センスは底辺だな」


 男のあざけりにダイアナはニヤリと笑って返してやる。


 跳びまわって戦うにはあまりスペースがないが、それを逆に利用することができそうだ。


 ダイアナは「転移」で男の背後へと移動する。

 同時に「分身」を発動させた。

 闘気で自身の幻影を数体作り出すこの超技は「月」属性の得意手といえる。


 男の前方、狭い箇所に固まった三体のダイアナの分身が男に走り寄る。


 男はどれが本物かを見定められていないようで、まとめて吹き飛ばしてやろうとばかりに超技を発動させたようだ。

 だがまとめてかかっていったダイアナはどれも幻影だ。攻撃モーションのままにすぅっと消え去る。


 男が動揺しているのが背後からでも見て取れた。


 静かに力を溜めて放つ、渾身の蹴り。

 男は地面にめり込む勢いで倒れた。


「おまえがさっき放った超技は『カウンター』系か? 残念だったな、相手が幻影で」


 言いながら、男の反応を待つ。

 男は体を起こしながらダイアナを睨み上げた。


 カウンター系の超技とは相手の攻撃を受け止め、そのまま反撃する技だ。力自慢の山属性らしい超技だ。


「降参するなら、ここで許してやっていいぞ」


 ようやく立ち上がった男に言い放つ。


「ふん、序盤で俺の力を見くびるならおまえの戦闘センスもたかが知れている」


 先ほどのダイアナの言葉を返された。

 だが言葉ほどに余裕はなさそうだ。男の顔に汗がにじみ、歯を食いしばった表情は悔しさよりも痛みに耐えているように見える。


 あと一押し、強力な攻撃を叩き込めば戦闘不能に追い込めそうだ。

 とはいえ油断はならない。カウンターの超技は食らうと大ダメージにつながりそうだし、他にも技を有していると考えられる。


「なら、続けようか」


 ダイアナは言うやいなや、転移を駆使して男の周りを移動しながら突きや蹴りを放つ。


 男も対応は遅いものの、相変わらずダイアナの動きをしっかりと追えている。これはあまり時間をかけていては目が慣れ、反撃もされるようになるだろう。


 それに、闘気は無尽蔵に湧いてくるものではない。

 ここらで決着をつけねばなるまい。


 ダイアナは再び分身を発動させる。男の前後左右を「ダイアナ」が囲む。

 分身はそれぞれ男の脚、腰、腹、顔を狙い攻撃モーションに入る。


「ふん、二番煎じが!」


 男が吼え、体の周りに緑色の闘気が噴き出した。

 ダイアナの幻影達が男の闘気を食らって音もなく消え去る。


 あれは範囲技かとダイアナは男の挙動を見下ろしていた。

 本物のダイアナは男の上方、アパートの二階の窓枠を掴んでいた。転移で移動していたのだ。


 音もなく跳び、その時になってようやくダイアナの場所を察し顔をあげる男へと急降下。

 目を見開いて硬直する男の肩に全体重を乗せたかかとを叩き込んだ。


 今度こそ男は立ち上がれない。体を包む闘気も少なくなっている。

 そろそろ薬の効果が切れるのだろう。


「……ふん、俺を倒したところで、おまえは――」


 男が何かを言いかけたが、上方で聞こえた男の悲鳴が遮った。

 なんでそんなところから声がするのかとダイアナも思わず上を見た。


 アパートの屋根の上に、誰かがいるようだ。


 男の仲間がよからぬことを考えていたが阻止されたといったところだろうか。それとも逆か? 警察が援護しようとしたところに男の仲間が来たのか?

 体を起こして地面に膝をつく男を逃げないようにけん制しながら、上方にも警戒する。


「こちらは大丈夫だ。男を拘束しろ」


 上からデイビッドの声がして、ちらりと顔をのぞかせた。

 どうやら前者のようだ。見慣れたヘッドギアが見えてダイアナは安堵を覚える。


「了解」


 動けはするが、もう戦えないであろう男の右手を後ろにねじり上げ、包囲している警察を呼び寄せた。

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