49 覚悟があるなら受けて立つ

 FO使用者がいるのはかつて貧民街と呼ばれた区画にあるアパートだ。

 昔と違い、今は建物も新しくなっているし犯罪率も段違いに低くなった。が、やはりまだ夜間は物騒で用事がない限り出歩くべきではないと言われる一帯だ。


 警察が来たことを知った薬物使用者はアパートの一室に立てこもったようだ。

 すでにアパートはシールドを持った警官達が囲んでいるが、さてこれからどうするかといった状況だと説明を受ける。


 犯人は今までにFOを利用したことがないのかとダイアナは首をひねる。

 薬物の効果時間は長くても一時間ほどだ。薬が切れれば「ただの人」に戻るのだから籠城には向かない。


 安全に犯人を拘束するなら包囲したまま待てばよい。

 だが警察も悠長に薬物が切れるのを待つよりも、武力解決班――実際に戦うのはダイアナ一人だが――に解決してもらいたいようだ。

 相手が弱るのを待ってからより、正当な力を行使して犯人を取り押さえる方が市民に「こんなことをしても無駄だ」とアピールできると踏んでいるようだ。


 それを自分達でできないところは問題じゃないのか、とは心の中だけのつぶやきにとどめておく。


 相手が閉鎖空間にこもってしまうと慎重な立ち回りが必要となる。それこそ、狭い通路に数人が押しかけると身動きも取れないままに襲われる。

 どうやって犯人を外におびき出すか、というところで膠着状態なのでダイアナ達が来てくれて助かったと感謝された。


「さすがに警察はチンピラと違ってその辺りは理解してるな」


 今まで何度か、路地で複数人を相手に圧勝したダイアナは思わず小さくひとりごちた。


「しかし具体的に踏み込む算段もつけかねているのはあまりいただけないな」


 ダイアナの声を聞きとってデイビッドが辛辣なコメントを返しながら、持参したノートパソコンを開いている。


「いや、今回は待機するって判断は正しいと言い切れるぞ」


 ダイアナはアパートを睨みながら言う。

 すぐにデイビッドは相棒の意見が正しいとうなずいた。闘気を感知して大まかな位置と強さを示すディスプレイは、隣にいるダイアナと引けを取らないほどの闘気量がアパートにあると告げている。


「これはまた、相当の当たりだな」


 デイビッドの声音は緊張をはらんだ。


「多分、それだけじゃないな」

「というと?」

「FO使用者は元々極めし者か、呼吸法を会得していなくても素質のある人間だ」


 薬物には使用する個体によって効果に差があるものだ。そしてFOはそれがとても顕著である。訓練をしても極めし者になれる者となれない者がいるように、薬物を使用して大きな効果を発揮する者とそうでない者にはっきりと差があらわれるのだ。それは薬物の出来だけでなく、使用者の素質も影響しているのだという。


「元々、闘気となりうる『気』の流れが豊富でスムーズな人間がFOを使用すると、それが活性化されるって話だ。効果時間も長くなるってさ」


 最近師匠に聞いた受け売りだけどな、と付け足す。


「なるほどな。さてどうしたものか」


 こいつを最初から使った方がいいのか、とデイビッドはマイケルに預かった銃を出す。


「絶好のチャンスには使えばいいが、オレに当てるなよ」


 戦闘のさなかに味方から「ウィーク・オーラ」を食らうなんて御免こうむるとダイアナが首を振るとデイビッドはそそくさと銃をしまった。射撃にはあまり自信がないようだ。


「オレが本当にピンチになった時は、ためらいなく撃つといいさ。そんな状況になったらきっと、それに頼らないと犯人には逃げられるだろうし」

「了解した」


 警察とも犯人確保の手順を確認をする。

 といっても、ダイアナが乗り込み外に誘導するので隙を見て犯人に「ウィーク・オーラ」を撃つ、という単純なものしか案がない。それもダイアナに当たらないようにしなければならないので、ほとんどチャンスがないといえる。


 極めし者への対処は、極めし者がするしかないのだ。


「そんじゃ、行ってくるわ」


 皆が注目する中、ダイアナはひらりと手を振って犯人が籠城するアパートへと向かった。


 今日も変装は施している。だがもしかするとヘアピースは戦闘中に取れるかもしれないなとダイアナは思っていた。


 今までは相手が格下だったので本気のほの字も出すことなく無力化していたが、今回はダイアナに引けを取らないほどの闘気量だ。苦戦するだろう。激しく動き回る中で、また敵の攻撃を食らってしまうとヘアピースは外れるだろう。


 警察の包囲網のさらに外に、どんな野次馬がいるか判らないのでできるだけ素顔は見せたくないのだが、戦いのさなかにそちらを優先して気に掛けることはできない。

 相手が実は闘気の量だけの戦闘に関してはザコであれば問題ないのだが。


 三階建ての古いアパートの入口から中へ入る。

 闘気は二階から感じ取れている。

 ダイアナは迷わず階段をあがった。

 問題の部屋に近づくにつれ、強い闘気を感じ取れる。


 相手は中でどうしているのか判らないが、ダイアナの接近には気づいているだろう。

 さてどう出てくるかなと闘気を解放しながらダイアナは部屋のドアの前に立った。


 薄暗く狭い廊下は戦う場所としてはむいていない。部屋の中か、あるいは外に出て交戦となるだろう。それまでに犯人の意図を少しでも聞き出せたなら御の字だ。


 少し待ってみても中から反応はない。ダイアナは木製のドアをノックした。


「あんた、リラ子だな」

 中から男の声がする。


「オレはリラ子って名前になった覚えはないな」

「ネットでそう呼ばれてるんだろ?」


 笑って返してやると、相手は苛立たし気な声になる。


「らしいな。まったく不本意だが」

「じゃあなんて呼べばいいんだよ」


 呼び名にこだわってるということは、もしかすると「リラ子をターゲットにしている」というデイビッドの推測が当たっているのかもしれない。


「名乗りなんて必要ない。おとなしく投降しろ」

「するかよ。せっかくこんなすごい力を手に入れたんだ。使わずに終わるなんてばかばかしいだろ」

「それで罪が上乗せされてもか」

「罪を犯すことを怖がってたらこんなこと最初からしない」


 ま、そりゃそうだな、と思わず同意しそうになった。


「んじゃ、外に出な。オレが本物の極めし者の力を見せてやる。そんなまがい物に頼ったってろくな事にならないってことをしっかりと教えてやるよ」


 挑発してみる。


 中の気配が動いた。


 こちらに来るならドアを開けた瞬間に先制攻撃を仕掛けてやろうと思っていたが、闘気の塊は部屋の奥へと向かったようだ。


 窓から外に出る気か。


 ダイアナはドアを開けた。

 空き缶やプラスチック容器などがそこここに転がって散らかった部屋の奥の窓が、空いている。


 闘気の塊は外にある。

 ダイアナは窓に近づいて下を見た。

 三十代ほどの男がこちらを見上げている。


 彼を包む闘気は深い緑だ。属性は、山。力技を得意とする属性だ。


 建物と建物に挟まれた場所で、縦横三メートルほどか。少し狭いが戦えないほどではない。


 警察の包囲網はこのスペースから路地を抜けた数メートル先だ。

 ウィーク・オーラを使うには路地からこちらにやってくる必要がある。


 闘気をフル活用して戦っている二人のそばにやってきて銃を撃ち、犯人に当てるほどの度胸と腕の持ち主がいるかと考えると、おそらくいないだろうという結論に達する。


 こりゃ、いい場所を選ばれたなとダイアナは感心した。


 それならオレが実力でこいつを取り押さえるまでだ。


 ダイアナは身構えた。

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