48 考えすぎだと思う

 宣戦布告と言われてもダイアナには今一つぴんとこない。


「どういうことだよ」


 デイビッドは面白くなさそうにひとつ息をついた。


「自分がよからぬことをしようとしているたくらみの文章を、いつまでも残しておくか?」

「残さないな」

「だがこいつらは残しっぱなしだ。クローズドのチャットルームならともかく、誰でもログを見られる状態で残しておくなんておかしいだろう」


 チャットで盛り上がっている時は興奮状態なのでそういったところに気づけないかもしれないが、時間が経ってもまだ残っているのはいくら何でも不自然だとデイビッドは言う。


「善意の第三者にログを保存されて通報されるかもしれないからな」

「なるほどな。じゃあ、もう通報されてるかもしれないのか」

「可能性はあるな。だがそのリスクを冒してまで、こいつらが発信したかったのは『リラ子』に対してじゃないかと俺は思う」


 いつもはデイビッドの考えを聞いて即納得するダイアナだが、今回は今一つ説得力に欠けると感じた。


「通報されるリスクを冒してまで、オレを潰したいとか考えるか?」

「そうだな。俺の取り越し苦労かもしれんが。おまえは気を付けるに越したことはない」


 今後の方針をマイケルと相談しなければなとデイビッドはログのデータを持って離れていった。


 デイビッドが心配性なだけだと結論づけられるんじゃないか、とダイアナは背中を見送った。


 が。


「ダイアナはこちらの指示以外での戦闘行動は禁止です」


 五分後に小会議室でマイケルから言い渡されたのはまさかの戦闘禁止だった。


「目の前で誰かが襲われててもか」

「そうです。通報だけしてください」

「それじゃ助けられないかもしれないだろ」

「それでもです」


 きっぱりと言われてダイアナは息をのむ。


「あなたがこれから長く諜報活動を続けて多くの人を救いたいなら、時には我慢も必要なのです」


 それは判る。

 だがだからといって目の前の犠牲者を見捨てることができるだろうか。


「あなたを狙うかもしれない不穏な動きがないと確証を得るまでの辛抱です。あるいはそういった不埒な輩を捕まえるまでになるかもしれませんが」


 なだめるようなマイケルの言葉は、だからどうか抑えてくださいと響く。


「そのかわりというのもなんですが、ダイアナにはしばらく『取調室』で生活していただきます」


 取調室とは、犯罪に巻き込まれて保護を必要とする人物を匿うための施設だ。なぜ取調室と呼ばれるようになったのかの詳しい経緯は不明だが、創設したころには被疑者を取り押さえて軟禁し、取り調べも行われていたのだろうと言われている。


 ワークスの支社ごとに契約している施設は違っている。ニューヨーク支社が契約しているのはビジネスホテルだ。ダイアナは利用したことはないが、それなりにいい客室だと伝え聞いている。


 今回手に入れたチャットルームの利用者が本当にFOを利用しようとしているのかが判るまで、ダイアナは取調室に滞在し、そこから仕事に通うことになる。


「宿泊費はもちろん経費だろうな?」

「ええ、こちらからほぼ強要する形になりますからね」

「メシ代もつけてくれたら言うことなしなんだけどな」

「そこはあなたの自費です」


 即答するマイケルが苦笑している。ダイアナはにししっと笑った。




 ビジネスホテルでの滞在は、そこそこ快適だ。

 通勤はデイビッドが車で送迎してくれるのでいうことなしだ。

 おそらく、ダイアナが一人でいる時間を減らそうという狙いだろう。

 もしも勤務外の時間に悪漢と遭遇したらダイアナは助けに入るかもしれないので監視しておこうということに違いない。


「そこまでオレは信用ないか」

「今回に関してはな。それだけおまえはこれからの活躍も期待されているということだ」


 デイビッドの声は淡々としているが、世辞やおべっかなどではないと感じられた。


「ま、そういうことにしておくか」


 応えるダイアナの声はまんざらではない。


「仲良く談笑しているところにすみませんが」

 マイケルが声をかけてきた。


「別に仲良くない」

「仲良いとかちげーし」


 いつものように見事に同時に同じ返答をするダイアナとデイビッドにマイケルは微笑を浮かべつつ、新たな仕事を告げた。


「サウスブロンクスでFO使用者と市民が小競り合いになったそうで、今、警察が向かっていますがどうやら今回のFOは「当たり」のようです」


 FOは闘気を操れるようになる麻薬だが、その出来栄えにはかなり差がある。

 ほんのちょっとだけ力を得る程度のものから、中レベルとランク付けしてもおかしくないほどの力を発揮するものまで様々だ。

 そして今回は使用者にとって「当たり」、つまり力の強い薬だったようだ。


「幸いにも使用者は無差別に暴れているということはないのですが、警察もきっと持てあますでしょう。そこで、武力解決班の出動となりました」


 顔に出さないようにダイアナは「よしっ」と心の中でつぶやいた。

 悪いヤツはきちんと捕まえなきゃならない。

 ここ最近の「今は我慢」の雰囲気が高まっていて、何もないのにそれだけでストレスを感じていた。

 今回も仕事なのだが、自分の役割を果たすことができるのはいいことだ。


「デイビッドにはいつも通り、ダイアナの戦闘映像が漏れないように見張っていてもらいますが、もしも万が一、ダイアナが不利と感じたら、これを使ってください」


 マイケルは小型拳銃をデイビッドに差し出した。


「弾薬にはFOとは逆の作用をもたらす『ウィーク・オーラ』と呼ばれる薬品がこめられています」


 WOと呼ばれるウィーク・オーラは、その名の通り極めし者の闘気オーラの放出を弱める薬品だ。これも正規の薬品ではなく違法薬物だが、緊急時には警察も使用する。


「もうすでに現場で使用されているかもしれませんが、念のために」


 デイビッドはうなずいて銃を受け取った。


 二人は早速とばかりに、サウスブロンクスの現場へと向かった。

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