47 不穏なチャットルーム
それからも捜査は続いたが、ネット上での「リラ子」ことダイアナの正体は隠し通せているはずだ。
デイビッドに捜査漏れがなければの話だが。
「といっても、瞬間的にネット上に画像や映像が上がることもあるからな。どこで誰が保存しているか判らないから、おまえも気を付けておけよ」
「わーってるって。変装してない時はおとなしくしておくから」
「おまえは正義感が強いし力もあるから、少し心配だな」
「何がだよ?」
デイビッドはひとつ息を漏らして答える。
「例えば勤務時間外でも暴漢が女を襲ってるのを見たら、おまえ、迷わず助けにいくだろ」
「そりゃ――」
即、肯定しかけて、ダイアナは納得した。
「その瞬間を記録されて身バレにつながるかもしれないってことか」
「さすがにここまで説明したらリラ子でも理解できたか」
デイビッド流のからかい半分の誉め言葉にダイアナは「うっせー」と返しておいた。
続けて何かを言いかけたが、同僚に声をかけられてデイビッドはそちらに応えた。
「外線一番に電話だよ」
「電話? 誰から?」
「カール・スペンサー、って、お兄さんだっけ?」
途端にデイビッドの表情が複雑になる。
兄弟仲は悪いわけじゃない、とデイビッドは言っていたが、彼のカールへの心境はあまりよろしくないのは、この顔からして明らかだ。
デイビッドが詐欺被害にあった時、カールは自分に被害が及ばないかどうかを心配していたんだっけか、と思いだす。
まぁそれなら無理からぬことかなとダイアナは思った。
カールといえばチェルレッティファミリーへの捜査で有力な手段を提案してきた功労者でもある。
もしも彼がデイビッドの言うように保身第一の男だとしたら、なぜ彼は自らあのような提案をしてきたのだろうか。今更デイビッドにいい顔を見せるためなのか。何か他に狙いがあるのか。
横目でデイビッドを見ると、かなり苦い顔だ。言葉数もいつもよりさらに減っているように思う。
電話はすぐに終わった。
「悪い知らせか?」
「そうだな。さっきの話とつながってくるが」
ダイアナの「リラ子」としての活躍に敵愾心を持つ連中が、なにやらよからぬ動きを見せるかもしれないという忠告だった。
カールはとある調査でチャットルームのログを入手したのだが、そこにそのような会話があったというのだ。
「そいつらはジョルダーノとは関係ないのか?」
「組織が関連しているということはなさそうだ、という話だが」
「具体的にはどんなやりとりだったんだ?」
「それは、ログを送ってくるそうだからその時に」
ふぅん、とダイアナは相槌をうつ。
なにがあるにしてもよからぬ行動を起こすなら、そいつらをぶっ飛ばしゃいいだけだと心の中でつぶやいた。
「それにしても、わざわざ知らせてくるなんて、カールはおまえが言ってたほど自分のことだけを考えている男じゃなさそうじゃないか」
ダイアナとしては相棒の兄をほめるという肯定的な感情から出た言葉だったが、デイビッドの耳にはそう届いていなさそうだった。
「正しい情報ならくれるのはありがたいが。何か裏がありそうな気がしてならない」
そこまで兄を警戒する何かが、過去にあったのだろうか。
「おまえにつらくあたったことを後悔して、ちょっとでも協力をって感じでもない、ってことか?」
ダイアナが尋ねると、デイビッドは少しの間、考えるようなそぶりで沈黙した。
「怪しい何かがある、というわけではない。どういったらいいのか判らないが。一番近いのは直感、か」
質問には明確にずばずばと応えるデイビッドにしては曖昧な返答だ。
同時に、ダイアナにとってはなじみの深い感覚でもある。
理屈ではなく何か感じるものがある、というやつだ。
「あー、そういうの、なんとなく判る気はする。勘みたいなものだろ」
「そうだな。俺はこういうのは好かんが」
物事には因果があるものだと考えていそうなデイビッドらしいとダイアナは思った。
ほどなくして、くだんのチャットログがメールで届いた。
チャットは個人的な談笑目的で借りられたもののようで、犯罪組織とは関係がなさそうだ。
最初は仲間内で仕事の愚痴や日常生活について話されていたようだが、不満が高まったグループの会話は不穏なものになっていく。
『ヤクに手を出すヤツの気持ちがちょっと判るわ』
『FOだっけ? なんかすごい力を手に入れることができるってクスリ。あれ使って暴れたらスッキリするかな』
『やめとけ、リラ子に捕まるぞ』
『はぁ? なんだそれ』
そこからリラ子ことダイアナの話題になった。
FOを
『警察官そのものじゃないのか?』
『だったらバッジなんか見せて堂々と拘束するだろう。警察に犯人を引き渡して報奨金とかもらってんじゃね?』
『うーわ、なんかムカツクな』
『そいつはどうやってヤクの使用者を捕まえるんだ』
『本物の極めし者だって話だぞ。強いらしい。瞬殺だったってよ』
その発言を機に「それじゃかなわないよな」といったん落ち着きかけた会話だったが、中の一人が「そんなに強いなら見てみたいな」と言い出した。
『こういうのって、極めし者としての力を見せつけたいとか、そんなヤツじゃないか?』
一人の悪意ある発言で、チャットルームの皆が「リラ子の鼻っ柱をへし折ろう」という雰囲気にのまれていく。
どうやってFOを手に入れられるのか判ったらまた話そう、というところでチャットは解散となったようだ。
内輪のノリが盛り上がり、よからぬ方向に動くというのはよくある話だが、ただのおふざけではなさそうな雰囲気にダイアナは大きく息をついた。
「これ、どうするんだよ?」
思わずつぶやいた。
「どうにも不自然だな」
デイビッドから返ってきたのは答えになっていない答えだった。
「何が?」
「なんだか無理やりFOの話題にしている気がする。もっと言えば、リラ子をターゲットにするのが最初からの目的だったかのような会話の流れだと感じる」
そういわれてみれば、とダイアナも首をひねる。
「だいたい、今ネットで話題の『リラ子』と会ってみたいとなっても自分達がFOを使用して、というのが無理がある。暴れたい欲求があっても普通はそんなに簡単に麻薬に手を出そうとはならないはずだ。身体能力を増強させる薬といっても、体に悪影響もある麻薬であることに間違いないんだからな。こいつら元から麻薬常習者かと疑う話の流れだ」
デイビッドは言いながらパソコンに向かう。
このログが残されたチャットルームにアクセスしているようだ。
「ログがまだ残っている。これは、俺の推測が当たっているかもしれない」
「オレを襲撃するための会話の流れにしたってことか」
「それだけじゃない」
デイビッドが眉間のしわを深くする。
「それをわざと俺らに知らせている。これは、宣戦布告だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます