46 ネット上でもゴリラ呼ばわりか

「ジョルダーノファミリーが、裏社会の覇権を狙っているようですね」


 いつものように小会議室でマイケルが現状の説明から始める。


 今、ニューヨークには三大ファミリーに成長しつつあるマフィアが三つあり、そのうちの二つ、オルシーニとチェルレッティはそれぞれ諜報部の活躍もあって活動を縮小させることができた。

 残ったジョルダーノファミリーが、ここで勢いをつけてトップに上り詰めようと考えていてもなんら不思議はない。特にジョルダーノは麻薬関連を扱う組織だ。遺憾なことだが需要が絶えることはない。


「まったく、買う方も買う方だが、売るヤツは自分が売ってるものがどんなものなのか実感すればいいんだよ。麻薬密売人はクスリ常習者に囲まれてみろ、ってんだ」

「それでも売るヤツは売るだろうさ」


 デイビッドは呆れたように言うが、ダイアナの意見をバカにしているわけではなさそうだ。


「話を戻しますよ」

 マイケルも苦笑しながら話を続けた。


 警察の計画は、末端をかたっぱしから潰していくという地道なものだ。


 ダイアナが遭遇したような、FO使用者をどんどん捕まえていく。彼らの供述から複数の密売人が割れるだろう。

 顧客が減ったところで今度はおとり捜査に切り替わる。末端の売人からFOを買うのだ。

 今回は密売人を捕まえるのではなく信用を得、そこからジョルダーノファミリーの息のかかった者へとつなげていく、という。うまく生産工場の位置を特定できればそちらも摘発したいところだ。


 その過程で、あるいはジョルダーノと対する時に武力解決班の手を借りることもあるだろう、とマイケルは締めくくった。


「顧客になって情報を得るってことか? そんなにうまく商売相手のことを話すものかな」

「捜査関係のおとりだと判れば意外に乗ってきますよ。金はもらえる、見逃してもらえる、とおいしい話ですからね。しばらく鳴りを潜めて嵐が過ぎた後にしれっと戻ればいい、ぐらいに考えている密売人は一定数います」


 自分ひとりぐらい情報を漏らしても差し支えないだろうと考えているのだ、とマイケルは言う。それだけ密売人が多いということだ。

 もちろん取引に応じた売人もマークしておいて、再犯の動きがあれば即逮捕だ。


「そいつらも最終的に捕まるなら、まぁ、いいか。で、現時点でオレらがやることは?」

「最初の段階の、買い手を潰していくところで強力な闘気を得てしまった者がいた際に、取り押さえてほしいとのことです」

「まぁ、そうなるわなぁ」


 ダイアナは納得してうなずいた。


「俺はどう動けば?」

 デイビッドが尋ねる。


「基本的にダイアナのサポートですが、一番大きな役割は情報統制です。ダイアナがFO使用者と接触、交戦するところをネットなどに流されないようにチェックしてほしいですね」


 事件や事故をネットに配信する輩はそこらにいる。

 ダイアナの正体が広まってしまうと今後の活動に支障が出るのでデイビッドはそういった映像が拡散されるのを防ぐ役割だ。


「っつったって、全部が全部削除できるか判らないよな。オレも変装とかしておいたほうがいいな」

「そうしてくれると助かる」

「では今夜あたりから警察の情報を元に動いてください」


 マイケルの締めくくりの言葉に、武力解決班の二人はうなずいた。




 警察からの協力要請は三日に一度ほどのペースで入ってきた。

 昼間もあるが、やはり夕方から夜間が多い。売人の活動時間がその辺りなので、手に入れて比較的短時間の間に使用するのだろう。


 ダイアナは黒髪のヘアピースを着け、ハシバミ色の瞳はカラーコンタクトで青に近い色に変え、暗い色を基調にした服装でFO使用者達を取り押さえている。


 デイビッドはその様子を少し離れたところから観察し、撮影者がいないかをチェックしている。

 彼の目をすり抜けSNSに投稿されてしまった画像は裏から手を回して削除し、投稿者には「これからも続けられる犯罪摘発の一環なので削除のご理解いただきたい」とメッセージを送っている。


 なのでダイアナが映っている画像や映像が世に出回るのをほぼ抑え込めているが、「麻薬摘発に乗り出す極めし者」のウワサが文章で広がっている。


『黄色と黒色の闘気をまとった極めし者が麻薬の使用者を捕まえてるらしい』

『見た見た。女っぽいな』

『その闘気の色の属性は月か』

『属性って?』

『闘気の種類。八つあって、月は変則技が得意だ』


 このあたりまではまだいい。


『月属性で悪いヤツをやっつけてるとか、どこの美少女戦士だ』

『古っ。おまえ何歳よ』

『知ってるおまえもな』

『まんまじゃアレだから、月の女神ダイアナってことで』

『それいいな』


 こんなやりとりが巨大掲示板で繰り広げられたようで、謎の極めし者のネット上での呼び名が「ダイアナ」に定着しつつある。


 これはまずい。偶然にも本名と一致してしまっては身バレの確率があがる。

 デイビッドは呼び名を別方向へ誘導しようとあれこれ書き込んだ。


『俺も見たが、ありゃゴリラだ。ダイアナなんてもったいない。リラ子で十分だ』

『リラ子! そりゃあまりにもかわいそうだぞ。悪いやつら捕まえてんのに』

『ヤクやってるヤツもたいがいアレだが、リラ子もそいつらぶっ倒して、にやぁって笑ってたからな』

『こわっ(笑)』

『自分のシマを荒すな的な感じだったぞ。だからリラ子』


 デイビッドが掲示板に書き込むのを後ろから見かけたダイアナは「おい」と苦言を呈する。


「本名がバレたらまずいだろう」

「それはもちろんだ。だが今のおまえ、仕方なくって顔じゃないぞ」


 指摘してやるとデイビッドは「そうか?」と言いながら軽く目をそらした。


「嬉々とした顔で悪口書くなっつーの」


 デイビッドがダイアナの身を守ろうとしてくれているのは確かなので、ダイアナは軽く頭を叩く程度におさめておいてやった。


「念のためにと変装してもらっておいて正解だったな」


 頭をさすりながらデイビッドが言う。フォローでほめているつもりなのだろう。


「オレにフォロー入れるより、ネットに入れとけよ。あんまり悪口ばかりだと、――ほら」


 ダイアナがモニターに視線をやった。


『そこまでディスるなんて、おまえ、もしかして取り押さえられたヤツの仲間か?』


 デイビッドの書き込みに対する猜疑心が見え始めた。


『まさか。たまたま近くで見ただけだ。取り押さえるところは格好よかったんだけどな。その後のあの顔がすごい印象的だったんだよ』


 不自然に真面目くさった顔でデイビッドはフォローになっているのかいないのか微妙な書き込みを投稿した。


「ダイアナも、変装がバレないようにしてくださいね」

 マイケルが少し心配そうにダイアナに声をかけた。


 こういう感じで案じてくれるなら素直にうなずけるんだよ、とダイアナは大げさに息をついた。

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