45 昼間っからキメてんじゃねぇ

 翌日、ダイアナは「IMワークス」諜報部で、リチャードの友人の話をした。


「あぁ、最近少しずつ増えてるってな」

 課員がうなずいている。


「増えてる、って、その筋肉が溶ける病気がか?」

「そう、つまりFOが蔓延してきているってことだな」


 それはゆゆしきことだとダイアナは腕組みをしてうなった。


「マフィアの三大ファミリーのうち二つ、オルシーニとチェルレッティが弱体化したから、残りのひとつ、ジョルダーノファミリーが活発化してきているんだろう」


 デイビッドの機械の声が聞こえてきた。


「あわよくば他の二つを完全に蹴落として自分達がニューヨークの裏社会を牛耳りたいと考えているんじゃないか?」

「ジョルダーノファミリーってのは、FOを扱ってるのか?」

「FOというのが正確かな。麻薬関連をメインにしている」


 コカインや覚せい剤なども扱っているが最近の稼ぎ頭がFOだという。


「FOって禁止薬物だよな?」

「そう。その割にまだ監視体制が整っていない。最近急激に市場が拡大したヤクだからな。だからコカインとかより入手しやすいし売りやすい」


 ならばFOの流通を叩けばジョルダーノファミリーに打撃を与えられるのではないだろうか。

 ダイアナが考えたことを述べるとデイビッドは首をひねった。


「理屈上はそうなんだが、FOは比較的生成しやすい薬品らしくて、生産場所が絞り切れないらしい」


 結局、密売人を取り押さえるしかないのだが、警察が取り締まりを強化すると連中は雲隠れをする。いたちごっこを繰り返すだけであまり成果は上がらないそうだ。


「あまり成果がなくてもそれしか方法がないってことか」


 末端を捕まえても大本はさほど損はない。それこそニューヨークの麻薬密売人をごっそりと検挙する方法でも見つけ出さない限りは。


(そういうのを考えるのは頭のいい連中に任せて、オレは自分の仕事をするしかないんだけどな)


 まだこの時、ダイアナはそれぐらいの意識だった。




 次の日の昼休憩、ダイアナはランチを求めて外に出た。


 街中まちなかの店をあれこれと見て回るダイアナの耳に甲高い悲鳴が届いた。前方からだ。

 女性の声だったが、それだけではない。男性のひきつった声も聞こえる。


 何か事件か? と足を速めた。

 ぱらぱらと数名の人がこちらへと逃げてくる。彼らは後ろを気にしつつも早く立ち去りたいと走っていた。


 すぐにダイアナは歩道の先に闘気を感じ取る。

 この不安定な気はFOによるものだろう。


 バカがクスリをキメて暴れてるってか、と心の中で毒づいた。


 数名の人が遠巻きにする中、二人の男がもみ合っている。

 ひょろりと背の高い男と、彼よりも頭半分は低いが体積は上回っているであろう巨漢の男だ。


 巨漢がひょろ男に一方的に殴りかかっているようにも見えるが、ひょろ男からも闘気を感じる。


 おいおい両方かよ、マジか、とダイアナは苦虫を噛み潰したような顔で様子を見る。


 遠巻きにしている人達は、おそらく自分には被害は及ばないと思っているのだろう。恐々ながらも興味深そうな様子で殴り合う男達を見ている。


 このまま殴り合いだけで済むなら、おそらく大丈夫だろう。

 だが偽とはいえ極めし者だ、闘気が飛び始めたらそうは言ってられない。そしてこういう場合、たいていどちらかがキレて闘気をまき散らし始める。


 ダイアナの予測通り、巨漢が吼えながら体に力をこめる。


「ヤバいぞ! もっと離れろ!」


 ダイアナは野次馬達に声をかける。

 同時に巨漢の体から幾筋もの闘気が放たれた。

 制御されていない闘気は厄介だ、どこに飛んでいくか判らない。


 闘気の力そのものは、それほど大きくない。だが「一般人」には凶器に等しい。


 ダイアナは舌打ちした。

 このまま放っておけない。

 だが偽極めし者を取り押さえるのには極めし者としての力を使わねばならない。

 しかしできれば目立ちたくない。


「こんな昼間っから人目のあるところでやるなよまったく」


 恨み言をほんの小さくつぶやきつつ、改めて周りを見る。

 先ほどのダイアナの忠告が本当だと判断したのだろう、野次馬達は暴れる二人から距離をとっていく。

 二人の闘気は彼らを追うようにまき散らされている。


 ダイアナもいったん離れるふりをして、近くの横道に身を潜めた。

 ここからなら闘気を解放して「転移」で二人のそばに移動し、一撃を加えてまた「転移」で戻ってこられるだろう。


 息を整え、闘気を解放する。

 体はぼんやりと白く輝き、立ち昇る闘気は黄色から黒へと色を変える。


 ダイアナは超技を発動し、二人のすぐそばまで瞬間移動した。

 彼らの闘気をあわせてもダイアナの闘気には遠く及ばない。

 暴漢達はぎょっとなって動きを止めた。


 彼らの目がダイアナをとらえきる前にダイアナは二人の腹を殴りつけ、また「転移」で元の横道に戻った。


 闘気をひっこめて、そっと顔を出す。

 二人は腹を押さえてうずくまっていた。

 ちょうどそのタイミングでFOが切れたようだ。彼らからはもう闘気は放出していない。


 二人から逃げていた人達は立ち止まって不審な顔で彼らを見ているが、どうやら暴れなくなったらしいと判断したのだろう。そろそろと戻っていく。中には通報している人もいた。


 これで安心だな、とダイアナはそっとその場を離れた。




 結局、ファストフードをテイクアウトしてダイアナは諜報部に戻った。

 ホットサンドにかじりつきながら、先ほど遭遇した暴漢の話を課員に伝えた。


「もうそんな身近なところで騒ぎが起きるほどになってるのか」

「警察も手を焼いているみたいだからな」

「そのうちうちにも捜査協力要請が来るんじゃないか」


 課員達の感想にダイアナも同意だ。

 いつまでも大した対策が立てられないならいっそこっちで引き取ってもいいと思っている。


 偽の極めし者が暴れるのは面白くない。極めし者はただの暴力を振るう輩だという偏見がますますひどくなってしまう。


 冗談じゃない、とダイアナは息をつく。


 闘気を会得するのにはそれなりに厳しい鍛錬が必要だ。

 闘気の扱いに向かずにどれだけ頑張っても極めし者になれない者もいる。

 極めし者の師匠からは「力を振るうのはどうしても必要な時だけだ」と、それこそ師匠の声がそのまま頭に響くほどしつこく言い渡された。


 ダイアナは戦うことは好きだし、悪人をやっつけるために力を使うことはよいことだと思っている。

 だからなおさら、安易に麻薬で闘気を操る偽者には憤りしかないし、FOを売る売人は叩き潰したい。


「警察がどうにもできないならオレらが手を貸すしかないよな」

「さすがは本物の極めし者だな」


 デイビッドの機械の声には、もしかすると皮肉が込められていたのかもしれない。

 そう感じつつ、ダイアナは賞賛と受け取った。


「だろ? 悪人は等しく滅びればいいんだよ」

「そこに関しては完全に同意だな」


 それぞれ犯罪の被害者遺族と被害者本人だ。相棒として信念を共有できるのは心強い。


「やる気が上がっているお二人に、早速仕事の依頼ですよ」


 事務室に入ってきたマイケルが、数枚の紙束を振りながら、にこりと笑った。


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