43 こっちの対処の方が難事件だ
翌日、いつものように事件解決の報告会が「IMワークス」の会議室で開かれる。
事件の全容と捜査の手順が一通り課員に報告された。
あれだけの高さから落ちたダニエルだが、足の骨折以外に大きなダメージはなかったそうだ。
「こえぇな。オレでもあの落ち方したら多分もっとひどいことになってるぞ」
やはり自分が直接人を殺してしまうというのは極力避けたい。
もちろん、そうせざるを得ない状況になればためらいなくやるのだろうが。
「そこだけは人並み外れた身体能力に感謝だな」
デイビッドもうなずいている。
「ダイアナもたいがい人並み外れてるけどな」
誰かのつぶやきに、その場の全員がまったくだとうなずく。
話は事後処理と今後の見込みに替わる。
ダニエルが逮捕されたことでチェルレッティファミリーには予想以上の打撃を与えることができるであろうとの見込みだ。彼は組織では下層の
捜査に一役買った「詐欺被害者への救済」は、大口の詐欺を告発できたがマフィアファミリーに目をつけられたので活動を休止するという名目で、事実上解体する。だが警察から詐欺の捜査のためにまた協力を請われた場合は復活するかもしれない。
「その際は誰が担当になってもいいように、デイビッド達は仕事内容を記録しておいてください」
マイケルが言うのにデイビッドは首肯した。
会社を立ち上げる案を持ち込んだデイビッドの兄、カールには協力金が支払われるそうだ。
「あの案はよかったもんな」
「まぁな」
ダイアナの賛辞にデイビッドは複雑そうな顔だ。
ダニエルとつながっていた「GTメディシン」も今後の捜査の対象となっていくが、そこは警察の仕事だ。
薬機法にふれるサプリメント販売を、そうと知りつつ行っていた者と知らずに加担していた者がいるようだ。主に会社内部の者達が前者に当たり、刑事罰の対象となる。
ダイアナはパブロのことを思い出した。
彼はきっと後者だろう。
苦手なヤツだが刑事罰に問われることはなければいいな、とは思う。
「報告はこれぐらいでしょうか。何か質問のある人は?」
マイケルが尋ねると捜査に関していくつか質問が上がったのでデイビッドが主に答えていく。
「あ、オレも一つあるんだ」
「なんでしょう?」
「ダニエルの店の雇われバリスタ、彼は事件とは関係ないよな? これからどうするかとか判るか?」
「なぜそんなことを?」
「彼の淹れるコーヒー、めっちゃうまかったんだよ。どっか別の店にいくならそこの店に飲みに行きたいなぁって」
会議室内に笑いが起こった。
「個人的な興味に諜報部の資料を使おうとしないでください」
マイケルが思い切り苦笑しているが、隣で座って話を聞いている課長のジョルジュは少し興味ありそうな顔をしていた。
(課長コーヒー好きだもんな。あとで交渉してみよう)
ダイアナは、にししっと笑った。
「なぁ、兄貴とは仲良くないのか?」
会議室を出て、ダイアナはデイビッドに尋ねた。
「なぜだ?」
「兄貴の話になると、おまえあんまりいい顔してないから」
前に直接会った時も二人は微妙な関係に見えた。
カールがデイビッドを心配しているのは確かなのだろうが、なんというか、上からものを言うような雰囲気もあった。
「前にもいったが、彼は俺がなにか不始末をしでかして、それが自分にも影響しないか心配してるだけだろう」
「詐欺にあった時はフォローしてくれたんじゃないのか?」
「金銭的な補助はなかった。それに、俺がしゃべれなくなったら『機械で何とかしたらどうだ』とアドバイスはくれたが、実際に俺がヘッドギアで会話するのはよく思っていないようだな」
デイビッドの話で、ダイアナのカールに対するイメージが少し変わった。
金を出さずに口だけ出すのは、確かにいい顔はできない。
だが彼が捜査に協力してくれるなら、それは悪い事ではない。
「なんとも微妙だな」
「おまえが気にすることじゃない」
デイビッドがきっぱり言うのにダイアナも「そうだな」とうなずいた。
「それよりも、リチャードのことはどうするつもりだ?」
「そりゃおまえ、事件が終わったからきっぱりサヨナラだ」
「この先、カレシ候補なんてそうそう現れないぞ?」
デイビッドがにやっと笑うので「うっせーわ」と返した。
「オレがフツーのITエンジニアじゃないことに自力で気づいてもまだ付き合いたいってんなら考えてやんよ」
ダイアナは、ふん、と息をついた。
そんな相手が現れる確率は、とてつもなく低いだろうと知っての発言だ。
可能性があるとするなら同僚か他組織の同業者だろう。
隣のデイビッドを見る。
「……うん、ないな」
ぼそりとつぶやいた。
金曜日、ダイアナは久しぶりにフィットネスジムに向かった。
リチャードにしっかりと返事をするためだ。
彼の気持ちに応えるつもりはないが、誠実に告白してくれた態度には、やはり誠実に返しておきたい。
もう一つ、偽ブランドバッグの代金についても話しておきたい。
彼が買った金額で買い取る用意がある。ワークスからその代金は受け取ってある。
「あ、ダイアナ、久しぶりだね」
バーベルをあげるダイアナにリチャードが気づいて声をかけてきた。
「やっとデスマーチが終わったからなー。あとでまた話そう」
「了解」
リチャードは嬉しそうにバイクの方に戻っていった。
トレーニングを終えて、入り口近くのホールに向かった。今日はダイアナの方が早かったようだ。ソファに座ってジュースを飲みながらリチャードを待った。
「お待たせ」
五分もしないうちにリチャードがやってきた。髪がまだしっとりとしている。急いでシャワーを浴びてきたのだろう。
彼もジュースを購入して、少しだけ迷ってダイアナの隣に座った。
「リチャード、あのさ、この前の返事だけど」
ダイアナが切り出すとリチャードは少し驚いた顔をした。ここで話されるとは思わなかったのだろう。
「悪いけど、オレ今誰とも付き合う気はないんだ。あんたのことは嫌いじゃないけど、なんてーか、そういう気分じゃないってか……」
断る気満々だったのに、いざ本人を前にすると歯切れが悪くなる。
「うん、そんな気がした。ありがとう。真剣に考えてくれたんだね」
リチャードはすんなりと受け入れてくれた。
「俺から、謝らないといけないことがあるんだ。プレゼントのバッグのことなんだけど」
ダイアナが話を振る前にリチャードからバッグの話題に触れてきた。
ダニエルとローザの逮捕はすでにニュースになっている。
ブランド品のイミテーションを売りつけていたことも報じられている。
リチャードが知っていて当然だ。
「ローザの紹介だったんだろ? オレもニュース見て驚いたよ」
「ごめん。せっかくの誕生日だったのに」
「いや、元はといえばオレがあの喫茶店に誘ったんだし。気を使わせた上に偽物を買わせることになってこっちこそ申し訳なかったな。あれはオレが買いとるから」
ダイアナの提案にリチャードはかぶりを振った。
「それはさすがに申し訳なさすぎるよ」
「いや、付き合いも断ったし偽ブランドを買わせたなんて、あんたに合わせる顔がない」
ダイアナが真剣そのものの顔で訴えると、リチャードはしばらく考えた後、うなずいた。
「友達として、トレーニング仲間としてなら、これからも会ってくれるかな」
「あぁ。どうせここで会うだろうし」
本当はもう親しくしない方がいいのだろう。だがここですべての関係を切ってしまうと本当に捜査のためだけに利用した形になってしまって、さすがにそれは申し訳なく思う。
リチャードはダイアナがうなずいたのに笑顔を返した。
彼の笑顔に別の罪悪感が浮かぶ。
断り切れないで付き合う気がないのに希望を持たせるのは残酷だろうか。
そうなのかもしれない。
しかしリチャードがまだ軽い関係を望んでいるなら、と考え直す。
(あー、やっぱ恋愛なんて、わけわかんねー)
こればかりは武力で解決とはいかないのであった。
(詐欺師達は被害額を正規労働で賠償しろ 了)
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