42 三十メートルの攻防
嫌な予感を覚えた瞬間にダイアナは超技を発動させていた。ほぼ無意識といっていいほどのタイミングだった。
ダイアナの周りに闘気の透明な薄い壁が現れ、銃弾を跳ね返していた。
闘気から伝わる衝撃と、先ほど聞いた銃声でダイアナは事態を把握した。
「なるほど、範囲攻撃は誘いだな。射撃の腕のいい部下に二発目の範囲攻撃のあとにオレを撃てって根回ししておいたか」
予備動作が判りやすかったのはダイアナをひっかけるためのものだった。技が終わるタイミングをダイアナはじっと待つのでその時に撃てば極めし者にも銃弾を当てることができるとふんだのだろう。
「銃弾でオレを直接殺さなくてもいい。弾になにか塗ってあるんだろうから。毒か、麻痺薬か。そんなところだろ」
ダニエルは答えないが厳しい表情がダイアナの推測が的を射ていると物語っている。
「かわいそうに、狙撃手は今頃自分が放った銃弾にやられてるぞ。あんたらの誤算は、オレが飛び道具を跳ね返す『反射』の超技を持っていたことと、銃声が聞こえたタイミングで発動できたことだな」
射撃の名手の存在を知らなければ、いくら極めし者が肉体能力に優れているといってもあのタイミングで反応できなかっただろう。
デイビッドの捜査能力に救われた。
「なぁにがサシで勝負だ。あんたは極めし者としてのプライドを捨てた、ただの卑怯者だ」
断じてやると、ダニエルはぼそりと返してきた。
「勝てばいい」
「そうかい。だったらこっちも奥の手だ。デイビッド、いいぞ」
シャツの襟に着いたボタン型マイクに言う。
それを最後にしん、と静まる。
ややあって、周囲のビルに複数の気配がうかびあがり、ダニエルの体のあちこちにレーザーサイトの赤い光があてられる。
「おぉ、明るくなったな。薄汚いマフィアの下っ端のあんたには過大な措置だ」
余裕綽々に言ってやる。内心、デイビッドが何も準備をしていなかったらマヌケだなと心配していたのは内緒だ。
「オレの相棒なめんなよ。口は悪いが仕事は一流だ。もうローザは警察に引き渡されてるだろうよ。今逃げてもローザの供述からあんたに捜査の手は伸びる。投降しろダニエル」
勝利宣言を突きつける。
さて相手はどうするか。
まだ戦おうとするなら応じるが、非常階段に逃げるならおそらく撃たれるだろう。
それならこちらに向かってくるかもしれないと思ったが。
ダニエルは走り、跳んだ。
屋上の外へと。
いくつかの弾丸がビルに届いたがダニエルを止めるには至らない。
ならばとダイアナも隣のビルに向かって跳び出す。
壁を蹴り落下速度をやわらげながらダニエルを探す。
彼はダイアナの五メートルほど下にいる。同じように二つの壁を蹴りながら地上へと向かっている。
この速度では追いつけない。
「転移」でダニエルのすぐ真上に移動する。迷わず蹴り付け、その反動で壁に跳ぶ。
ダニエルは少し体勢を崩したが壁を蹴ることに成功し、直接落下は免れる。
逃げ続けると思っていたが、次のひと蹴りはほぼ水平だった。空中で迎え撃つつもりか。
面白い。やってやる。
二人は空中で拳と蹴りの応酬をしながら落下していく。
速度はどんどん増していくが気にしない。ダイアナには「二段ジャンプ」からの「転移」がある。地面に激突する直前で落下スピードをある程度殺すことはできる。
ダニエルにも何か策があるのかまでは判らないが、破れかぶれだけではないと感じる。
ぐんぐん地面が迫ってくる。
ダニエルの腕をやり過ごし蹴りを腹に見舞う。だが空中なので威力は弱い。
足を引っ込める前に掴まれた。
振り回され、壁に放り投げられる。
二メートルほどの狭い空間だ。体勢を立て直す暇もなく叩きつけられる。幸いにも頭からの直撃ではなかったので意識は保っていられた。
地上まで五メートルほど。
全身が痛いが構っていられない。ダイアナは急いで超技を発動させ、落下速度をコントロールする。
ダニエルは、地上に向けて超特大の雷の闘気を放った。その反動で減速している。
危なげなく地上に降り立とうとしているダニエルに、そうはさせるかとダイアナは壁を蹴って急降下し、全体重を乗せたかかと落としを食らわせた。
地響きを立てて倒れるダニエルのそばに、ダイアナはどうにか足から着地できた。
上を見てみる。十階のビルの屋上は遥か上だ。あんなところから戦いながら落ちてきたのだ。
「いてててて。もう二度とこんなのはごめんだな」
立ち上がってダイアナは大きく息をついた。
「無茶をする」
外に出てきていたデイビッドがあきれ顔だ。
「あのまま逃がしたら下の連中じゃ対処できないんじゃないかと思ったからさ。……もしかして、そこも対策済みか?」
「なくはないが、ピンピンしているダニエルに通じたかどうかというところか。おまえが無力化してくれてほっとしている」
デイビッドがビルを見上げた。
「ゴリラが上ったのがエンパイアステートビルディングじゃなくてよかったな」
「これの十倍か。落ちたら極めし者でも絶対死ぬな」
ダイアナももう一度ビルの屋上を見上げて空笑いを漏らした。
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