40 雰囲気とか嘘だろ

 言葉少ないダニエルが言いたいのは、ダイアナが勝てばダニエル達はおとなしく逮捕される。だが彼が勝てば二人を見逃せということだろう。

 よくある取引材料だ。


 が、あえて尋ねてみる。


「勝負って?」

「極めし者だろう」

「なんで?」

「雰囲気が」

「雰囲気なのか」

「違うのか?」

「違わないが」


 ならば問題ないといわんばかりにダニエルはうなずいている。


「さすがゴリラ同士コミュニケーション完璧だな」

「喧嘩売ってんのかおい」


 デイビッドの茶々にダイアナは歯をむき出した。


「それよか、受けていいか?」

「受けなけりゃこいつら逃げる気だろう。本当にサシで勝負ならいいんじゃないか? おまえ、強いんだろう?」


 ダイアナの問いかけにデイビッドはあっさりと答えた。


 ここでノーといえば即、ダニエルは逃げる気だろう。こうして自分達の前に姿を現したのは逃げ切る算段を整えたからこそだろうとデイビッドは言う。


「んじゃ、やろうぜ」


 ダイアナはダニエルの申し出を受けた。


 デイビッドは口にしていないが、逃げる算段を整えているであろうダニエルを捕まえる算段を彼は整えているはずだと思えたから。

 負ける気はないが、もしもの場合は任せられる。

 口は悪いが相棒の仕事っぷりは理解しているつもりだ。


 ダニエルは一旦店の外に出てビルの裏に向かう。非常階段から上へと上がっていく彼の後ろ姿をダイアナは追いかけた。

 鉄板を規則正しく踏みしめる二人の足音が暗闇に響く。


 それにしてもでかいなと背中を見ながら心の中でつぶやく。

 大きいだけではない、筋肉量も半端ない。相当なパワーの持ち主だろう。


 パワーファイターが多い「山」属性かと見積もった。逆に素早さ重視の「風」も少しだけあり得るかもしれない。力は肉体そのものに任せて闘気で素早さを補強している場合もある。


(ま、そんなこと考え出すと全部の属性があり得るんだけどな)


 考えて、試しに相手の闘気を読み取ろうと試みてみたが判らなかった。強い意志で隠されている。


 中レベルのダイアナに読み取れないということは、相手も同レベルかそれ以上だ。

 こりゃ強敵だなと認識すると、高揚感がわいてくる。


 隠されると判らないが、闘気は表に出さなくとも極めし者には読み取ることができる。

 先ほどダイアナが極めし者だと言い当てたダニエルもあのタイミングでダイアナの闘気を読んだのだろう。


 だいたいの強さと属性を感じ取って、こいつとならサシで勝負してもいいと判断されたに違いない。

 自信があるのか、それとも戦闘好きなのか。


 会ったばかりの口数の少ないダニエルからは判らないが、おそらく後者ではないかと感じる。


 だがその考えに警鐘を鳴らすデイビッドの言葉を思い出した。。


『本当にサシで勝負ならいいんじゃないか?』


 ……あれは、サシでない可能性もあるとの注意か。

 一対一と思わせておいて伏兵がいるかもしれない。

 そういえば射撃の凄腕が護衛にいるという話だった。

 相手はマフィアだ。何をしてくるか判らない。


 十階分の階段を上り切るまでに、ダイアナはあれこれと考え、心の準備を済ませることができた。


 屋上は十五メートル四方ほどだろうか、普通に戦うには十分なスペースだ。

 四方をビルに囲まれていて、隣との距離は二メートルぐらいだ。

 階段とは違ってそばのビルの窓明かりがあって暗すぎるというほどではない。


 念のために周りの気配を探るが自分達以外には誰もいなさそうだ。


 中央近くでダニエルが身構えた。

 拳を胸の近くに掲げていることからして打撃メインか。

 ダイアナの思考のさなかに相手がもう迫ってきていた。


 繰り出される拳は予想していたスピードより遅い。これなら対処できるだろう。だが空を切る音からして一撃がとても重そうなのも予想通りだ。


 ダニエルの体から噴き出す闘気は白から紫へと変化する。属性は雷だ。闘気を駆使した技、超技ちょうぎを得意とする属性だ。


 ダイアナの属性、月はどの属性にも有利不利はあまりない。むしろ相手がどのような超技を有しているのかがポイントになる。

 それは月属性がトリッキーな超技を得意とするからだ。

 その奇抜な技が相手に通じるか否か、相手が奇抜な技に対抗する超技や戦いのセンスを有しているかどうかにかかってくる。


 数度拳を交え、ダイアナは直感した。

 こいつには力は出し惜しみできないな、と。


 ダニエルの攻撃は読みやすさでいえば対処しやすいほどだ。だがこちらの攻撃もまた、彼には読みやすいものなのだろう。

 まだ互いに超技を出していないが、肉弾戦においてはまったくの互角と見て取った。

 彼がまだまだ本気でない、とかでない限りは。


 初めて超技を出したのはダニエルだ。

 ダイアナが踏み込んで放った蹴りを、大きく後ろへとジャンプしてかわし、着地するかしないかで闘気の塊を放ってきた。


 速い!


 とっさに体を傾けて回避したが、青色の稲光を模した闘気は脇をかすめるだけでびりびりとした痛みを与えてきた。


 そう速くないダニエルの体術と、まさに光速のごとく飛んでくる闘気にダイアナは翻弄される。


 だがそれもそう続かない。

 これが有用な手だと思わせてから反撃だ。


 闘気を避けて跳び退ったダイアナの足元にさらに闘気が迫る。

 ここでダイアナは初めて超技を使った。


「う?」


 ダイアナを見失って驚きの声を漏らすダニエルの背中を思い切り蹴りつける。


 ダニエルはたたらを踏むが、さすがに一撃で倒れる相手ではなかった。


「転移、か」

 巨躯の男が振り返りつつ、つぶやく。


 有効な初撃を与えられたことにダイアナはほっとしたが、まだまだ戦いは始まったばかりだ。

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