39 真のゴリラ登場

「それは、クリスマスとかでない日にプレゼントっていったら誕生日かなと思っただけよ」


 ローザは苦し紛れの言い訳を口にした。


「ごまかさなくていい。ローザの紹介でこのバッグを買ったんだって聞いてるから。だからオレはあんたに直接確かめに来たんだ」


 ブラフを仕掛けてみる。

 ローザが黙ったままでいるのでさらに畳みかける。


「友達が扱ってるバッグを紹介したんだろう? イミテーションって判ってて加担してんのか? 本物から少しだけ安い値段で売るって詐欺じゃねーか。その友達って誰だよ? 共犯じゃないなら言えるよな」


 う、とローザが軽く呻いた。

 目が泳いでいる。どう応えるべきか必死に考えているのだろう。


「なぁ、ローザ。オレここの喫茶店も、あんたのことも好きなんだよ。あんたが詐欺の仲間だなんて信じられねぇ。友達ってのに騙されてたり弱み握られてたりするんなら、あんたのことは伏せておくからさ」


 デイビッドが使っていた騙しの口上だ。


「知らなかったのよ、偽物だなんて」

 ローザが弱々しく言う。


「あんたも騙されてたんなら、そいつは友達でもなんでもねぇ。警察に突き出すべきだ」

「でもっ、わたしにとっては大切な友達なの……。お願い、お金は返すから、慰謝料を上乗せするから、黙っててくれない?」


 告発者を買収するという手法できたか。

 ならば。


「オレにとってリチャードは大切な友達なんだよ。こんなオレに誕生日プレゼントなんてくれる数少ない友達なんだ。あいつの好意を利用して不正に儲けてのうのうとしているヤツがいるなんて考えただけでもむかっ腹が立つ。友達が騙されたのに黙ってられるわけねぇだろ? 犯罪者をかばうならあんたもそいつの仲間だ。悪いがあんたのことも見逃せない」


 相手が「友人」を大切だと情に訴えかけるなら、こちらも返してやるまでだ。

 ローザが再び言葉を失ったところに、さらに追い打ちをかける。


「それに、そいつのこと大切だって言うなら犯罪を黙って見逃すより、悪い事は悪いって言ってやった方がいいんじゃないのか? もし今オレが見逃しても、またそいつは同じことをするぞ。罪は小さいうちに償わせた方がいいんじゃないか?」


 おそらく常習犯だから罪が小さいなんてことはないだろうが。

 ダイアナは皮肉めいた笑みを唇の端に浮かべた。


「……判った。ダイアナの言う通りね」

「それじゃ、そいつのこと教えてくれよ」

「今はちょっと……。少し時間をくれない?」

「逃がす気か?」

「違う。そういうのじゃない。ただちょっと心の整理の時間がほしいだけ」


 ローザが目に涙を浮かべてダイアナをじっと見る。

 こいつが常習犯だと知らなかったら、ころっと騙されたかもしれないなとダイアナは思う。それだけローザの演技は真に迫っている。


 こうなったらおとり捜査のことを伝えるかとダイアナが何かを返そうとした時。

 喫茶店の扉が開いて誰かが入ってくる気配がした。


「やっぱり根っからの犯罪者は往生際が悪い」


 デイビッドだ。隠しマイクを通して外でダイアナとの会話を聞いていた彼が入ってきたのはダイアナの交渉を援護するためだろう。

 やっぱり一人で説き伏せるのは無理だったなぁとダイアナはため息をついた。


「あんた……、デイビッド?」

 ローザが目を真ん丸にしている。


「ああ。久しぶりだな。もう会いたくはなかっただろうがな、お互いに」


 完全に固まってしまったローザを相手にデイビッドは過去を懐かしそうに語った。

 デートのようなお出かけや食事、ちょっとした愚痴の言い合い、友人として楽しく付き合っていた月日はデイビッドの中でもまだ綺麗な記憶として残っているようだ。

 それともこれも演技というなら、彼は一流の俳優にだってなれる。


「それがおまえときたら、俺に必要のないものまでうまいこと買わせた挙句に、キャッシュカードをこっそり抜き取って不正使用だもんな」

「……ごめんなさい。実はあの時、借金があって」

「へぇ、そりゃ初耳だ。『借金背負わせてから縁切ってやろうと思ってたのに、あっちから切られてムカついた』んじゃなかったのか? おまえ、初めから俺を騙すつもりだったんだろう」


 ひっ、とローザの喉が鳴る。


「ランディに会ったの?」

「俺の事務所の裏に面白い置き土産をしてったから、捕まえて警察に突き出してやった」

「俺のって、『詐欺被害者への救済』はあんたの会社なの?」

「そうだ。騙された俺だからこそのビジネスだろう? で、彼女に手伝ってもらったんだ。ブランドバッグを売りつける相手なら、惚れてくれてる男がいるダイアナはうってつけだったな。まったくの被害者になったリチャードには申し訳ないが」


 デイビッドだけが作戦の首謀者という話ぶりは、ローザの件に関しては個人的な報復の意味あいが強いと印象付けるためだ。

 それは判るが。


「しかし知り合いの中でカレシや惚れられている男がいるのが彼女だけとは思わなかったな。リラ子ガールリラだから不自然すぎてばれないかと心配だった」

「おい、失礼なヤツだな」


 思わず抗議の声が口から飛び出る。


「そうだな。ガールという年でもないか。リラ娘レディリラだな」

「それはいろいろと響きがマズいからやめておけっ」


 歌手から名誉棄損で訴えられたくはない。


「そうか。ではやはりリラ子で」


 平然と言い切ったデイビッドに肘鉄の一つでも見舞ってやろうかと思ったが、店の奥からやってくる気配にダイアナはそちらに視線をやる。


 険悪な気配を伴って現れたのは、身長二メートル近い三十代ほどで筋骨隆々のハゲ男。立っているだけでもかなりの存在感で、さらに動くと他の気配がかき消されるほどだ。

 だが今までそんな男が店の奥にいたとは感じなかった。気配を殺すのがうまいのだろう。


 確かに、この男が店に立っていたら客は怖がるだろう。自己評価はできているんだなと変に感心した。


「おい、みろ。ゴリラってのはああいうのを言うんだ。オレなんて足元にも及ばないぞ」


 ダイアナはひきつった笑みでデイビッドにささやいた。


「そうだな。認識を改めた。ゴリラはオスの方が断然メスよりでかい」

「どんな認識だよっ!」


 今度こそデイビッドの脇腹に肘うちをくれてやる。


「仲がいいのはいいことだが――」

「よくねぇよ!」


 男が口を開きかけたが武力解決班の二人は声をそろえて否定したので続きを話す機会を失ったようだ。


 また静まった店内の微妙な雰囲気をただすように、デイビッドがひとつ咳払いをした。


「あんたがダニエル・マクガイアさん? ランディがあんたに雇われて爆発物をうちに置きに来たって話してたけど」

「……なるほど。彼が情報源か」


 ダニエルが低い声で、応えるというよりはつぶやいた。

 あ、こりゃランディはダニエルに会った時シメられるな。

 ダイアナはにやにやと笑った。


「お嬢ちゃん。サシで勝負しないか」

 ダニエルがぼそりという。


 一瞬何を言われたのか判らなかった。

 が、すぐに極めし者として一戦交えないかと言われているのを理解した。


「お嬢ちゃんが勝てばおとなしくする。俺が勝てばこの場は見逃す」


 ダニエルはどうだ? といわんばかりに首を傾げた。

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