38 どう言い訳するのか楽しみだ

 きっとすごく驚いた顔をしているのだろう。リチャードの笑顔が少ししぼんだ。


「そんなに意外だったかな」

「いや、うん、ここで言われるとは思わなかった」


 取り繕うことないダイアナの本音が言葉になった。


 リチャードが自分に好意を寄せていることには気づいていたが、まさかこのタイミングで告白されるとは思わなかった。

 恋愛経験がほぼないダイアナは、本音を漏らしたことでさらにリチャードの笑顔が弱弱しくなった理由が判らない。


「俺が君を好きだってことには気づいてた?」

「え? ……あ」


 そういわれてやっとダイアナは自分の失言に気づいた。


「気づいてたってか、なんとなくそう感じてたけど。オレみたいなのを好きになるヤツなんていなかったからさ。気のせいだろって思ってたんだよ」


 自分を好きになる物好きなんて、というのも本音だ。


「君はかわいいよ。一緒にいて楽しいし」


 なんと返していいのやら。

 ダイアナは頭をポリポリと掻いた。今、ドロップを持っていたらきっと勢いよく口に放り込んでいたことだろう。


「んー、と。返事はまた今度でいいか?」


 断るつもりではいるのだが、とりあえずバッグの捜査が終わるまでは保留にしておきたかった。


 こんな状況でも仕事のことを優先しなければならない自分の立場を、申し訳ないとともに少しありがたいとも思ってしまっていた。


 リチャードはあっさりとうなずいた。返事を保留される想定をしていたのだろう。


「あのさ、変なこと聞くけど、もしかしてパブロにも同じように言われてたり、する?」


 リチャードが恐々といった声音で尋ねてきた。


「いや? パブロは最近あんまり連絡とってない」


 相変わらずパブロからはメッセージが送られてくるが、最近では返事の頻度を落としている。言い方は悪いがもうパブロに直接用はないのだ。


「そうなんだ。知られたら抜け駆けだって怒られるな」


 困ったような言い方をするがリチャードの表情はそんなに困っているふうではない。


 きっともう少ししたらリチャードのメッセージに対する返信も減らすだろう。


 友と同じ扱われ方をされると知らない彼の控えめな笑顔が痛々しい。


 相手の気持ちに寄り添えば必要以上に罪悪感にさいなまれる。

 ダイアナはそこからは何も考えないことにして、デザートのケーキを味わった。




 リチャードとのランチを終えてダイアナは「IMワークス」に向かった。


「バッグが手に入ったか」


 課長のジョルジュが喜んでいる。早速鑑定人に見てもらう手筈だ。


「しっかしあれが偽物だとしたらすごいな。ぱっと見、どうなのか判らなかった」

「確かに、昔より精巧になってますね」


 マイケルがうなずいている。


 一時間後、ダイアナがもらったバッグはイミテーションであるという結果が出た。


 ファスナーに使われいる金属と、そこに入っているロゴが本物とは違うという判定結果だった。基本的に鑑定を生業にしていたら必ず気づくレベルだが、素人でもそのブランド品にとても慣れ親しんでいる人なら気づけるという。


「ならばそれを利用してローザに切り出してもらいましょう」


 ローザを問い詰めるシナリオを、マイケルが考えついて教えてくれた。


「デイビッドにも向かわせましょう。話し合う場所によってはダニエルが直接出てくることも考えられるので気を付けてください」

「出てきてもらってマフィアらしく脅してくれた方が、その後のことが楽だろう」

「そうですが、彼もかなり強いらしいですからね。油断しないでください」


 そんなに強いのか。

 ダイアナは戦闘前の興奮を覚えた。




 閉店時間を少し過ぎた頃、ダイアナは大き目の紙袋を手に喫茶店のドアを開いた。

 さすがにこの時間には客はいない。木目調のシックな店内でローザが片付けにいそしんでいた。


 雇われバリスタの男もいない。もう上がったのだろう。

 よかったとダイアナはうなずいた。彼にわざわざ出ていってもらう必要も、自分達が場所を移す必要もなくなった。


「あらダイアナ。ごめんなさい、もう閉店なのよ」

「知ってるよ。だから来たんだ」


 ダイアナが応えるとローザは笑顔を消して怪訝そうな顔をした。


「人に聞かれちゃまずい話だし」

「なにそれ、どういうこと?」


 なにを言われるのか判らないという顔をしているが、ダイアナの手にある紙袋を見て、もしかすると察しがついているのかもしれない。


「今日、リチャードからプレゼントをもらったんだ。バッグだったんだけど、オレ、このブランド大好きでな。実は同じのを持ってるんだ」


 ダイアナが言うとローザはぎくりと肩を震わせた。


「汚したりするのも嫌で、めったに外に持って行かないことにしてたんだけど、二つあるなら元から持ってたのは普段使いできるようになるなって、それはそれで嬉しかったんだ。リチャードには申し訳ないから言わないけど」


 ローザはぎこちない笑みを浮かべて、そう、と相槌をうった。


「で、家に帰って並べてみたんだよ。二つを。そうしたらなんか違和感があるんだ。何かが違うって」


 ダイアナは紙袋から二つのバッグを取り出して、丁寧にテーブルの上に置いた。


 あとはマイケルのシナリオ通りの台詞を口にするだけだった。

 最初は何が違うのか気づかなかったが、よく見るとファスナーの金属が違うと気づいた。

 そこからはあちこちの些細な違いが目に付くようになった、と。


「リチャードがくれたのって、……イミテーションじゃないかって思うんだ」


 結論を口にするとしばらく店の中は静かになった。

 通りを行きかう人や車の音だけが小さく聞こえていた。


「それは、災難だったわね」

 ローザが不自然な笑顔のままいう。

「誕生日プレゼントに用意したのが偽物だなんて、リチャードもあなたも不運ね」


「オレ、今日が誕生日だなんてあんたに話したっけ?」


 決定的なローザの失言にダイアナは鋭く切り込んだ。

 ローザの顔から完全に笑みが消えた。

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