36 偽物を待ち焦がれることになるのか

 ダイアナは三分ほど化粧室で待ってから店内へと戻っていった。


 ちょうど彼女が店への扉を開けたとき、窓際の席からローザが離れたところだった。

 ローザを見て小首をかしげると、彼女は意味ありげににっこりと笑った。


 これは動きがあったとみていいだろう。

 ダイアナははやる気持ちを抑えて席に戻った。


「ところでダイアナって誕生日はいつ?」


 リチャードがそれまでの話題をがらりと変えてきた。


「来月だよ」


 偶然にも本当に来月、八月がダイアナの誕生月だ。


「ほんとっ? それじゃ、何かプレゼントさせてよ」

「いや、知り合ったばかりなのに悪いからいいよ」

「悪いことなんて何もないよ。迷惑ならやめとくけど」

「迷惑ってわけじゃないんだ。それじゃありがたくいただこうかな」


 ダイアナの遠慮のそぶりを見せた返事にリチャードは心底嬉しそうな顔をした。


 とりあえず今日はここで解散となり、ダイアナは「詐欺被害者への救済」の事務所へと向かった。

 デイビッドはダイアナに替わって入手した詐欺被害の情報を処理している。


「悪いな、替わろう」


 ダイアナの申し出にデイビッドはうなずいて資料を引き渡してきた。


「うまく釣れたみたいだな」


 デイビッドが録音データの入っているらしきUSBメモリをつまんで満足そうに笑った。


「みたいだな。急に誕生日プレゼントの話になったから来たのは判ってたけど、オレがトイレに行っている間にどんな話になってたんだ?」


 聞いた方が早いだろう、とデイビッドはUSBメモリをパソコンに接続して音声データを呼び出した。

 再生されたのはちょうどダイアナが席を立った直後の音声だ。


『ね、あなた、ダイアナのこと好きなのね』

『えっ? えっと……』


 ローザの陽気な声と戸惑うリチャードのそれが対照的だ。


『でもなかなか気持ちを伝えられない、ってところじゃない?』


 少しの沈黙。


『そう、ですね』

『最近常連になってくれた彼女に感謝してるし、わたしがちょっとお手伝いしてあげる』

『お手伝い、ですか』

『わたしの友達がブランドバッグを扱っててね。安く手に入るのよ』


 ここからローザの営業トークが三十秒ほど続いた。


『彼女がいつも持ってるバッグ、くたびれてる感じだし買い替え時だと思うのよ。最初は彼女に直接教えてあげようかなって思ってたけど、プレゼントされた方が嬉しいと思うのよね。だからあなた、買ってあげたらいいと思うの』


「わぁるかったなくたびれたバッグでよ」

 思わずダイアナが悪態をついた。デイビッドがくすっと笑う。


『でも唐突にプレゼントって不審がられると思います』

『そこは、誕生日を尋ねたりとか』

『誕生日が遠かったら?』


 軽い舌打ちのような音が聴こえた。ローザだろうか。


『なんなりと記念日でもつくればいいでしょう?』


 そこで会話は途切れた。ダイアナが戻ってきたのだろう。

 少しの間があって、物を動かした音の後にリチャードが切り出した。


『ところでダイアナって誕生日はいつ?』


 リチャードの声が再生されたところでデイビッドは再生を止めた。この先はダイアナも知るとおりの会話だから聞く必要はない。


「彼はローザのところにいってバッグを購入する手続きをするだろうな。手に入れたバッグをおまえの誕生日にあわせてプレゼントしてくれるはずだ」


 よかったな、とデイビッドが笑う。

 軽口を無視してダイアナはそのあとの捜査について尋ねた。


「バッグが本物か偽物か調べて、偽物ならまたとない証拠品になる。そこからダニエルを崩しにかかる。もちろんローザもな」


 だったら、変な話だがバッグが偽物の方がいいわけだ。

 自分に誕生日プレゼントとして贈られるのがイミテーションであれと願うことになるとは。

 ますます複雑な心境になるダイアナであった。

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