34 捜査でうまいコーヒーが味わえるのは儲けもの
ダニエルへの表立った捜査は、しばらくは行わないことになった。
手下のランディをはじめ数名が逮捕されて彼が捜査機関の動きには注目しているからだ。
ちなみに、ランディ達が「詐欺被害者への救済」に襲撃をかけたのは自分達の独断だと供述しているらしい。
マフィアは身内を売らないのが鉄則だが、おそらくデイビッドに梯子を外された腹いせもあるだろう。
「というのは表向きの話で、裏では捜査を進めよう準備が進められています」
IMワークスの小会議室でマイケルが言う。
「しかし先に言った通り、ダニエルは警察やFBIの動きを警戒しているようです。彼の後ろ盾であるチェルレッティもです。そこで諜報部の出番となりました」
マイケルがダイアナとデイビッドを交互に見た。
「前置きなげーんだよ。つまりダニエルの店に捜査にいけってんだろ?」
「一言でいうとそうなりますね」
ダニエルの愛人にして相棒のローザと顔なじみのデイビッドは、今回は裏方に徹するようにとマイケルは言う。
せっかく直接意趣返しができるチャンスなのにとダイアナは思うが、復讐のために仕事をしているわけではない。デイビッドもそう思っているはずだ。
「ダイアナさんにはダニエルの店に通ってもらいます。必要なら同伴者を付けていただいて結構ですが、あまりワークス内から出すのはおすすめできません」
「ワークスが諜報組織だって知れてるからだな」
マイケルはうなずいた。
「あんまり気は進まないが、一人で通うのが不自然な流れになったらリチャードを誘うよ」
「パブロはもっと気が進まない、か」
「個人的な相性もあるけどあいつはGTメディシンと関わってるだろ? 店でサプリの話とかされたらあからさま過ぎるじゃないか」
「確かに、大きな賭けになりますね。現時点で大きなリスクを背負うのは得策ではないでしょう」
ダニエルがサプリの話にうまく乗っかってくれればいいが、逆に警戒心を強めるかもしれない。
マイケルはダイアナの考えに同意した。
ダニエルの喫茶店は、リチャードと二人で夕食を摂ったレストランの近くにあった。
犯罪の温床は気づかないだけで近くにあるものだなとダイアナは変な感心をしながら夕陽のさす店へと入っていった。
テーブルも床も木目を生かした素材のシックな色合いで小さな店内は落ち着きがある。入口の右手、通りに面した窓際に二席、入口の正面に二席、L字型のカウンターに椅子が数脚置いてある。
ダイアナはぐるりと店内を見回して、入り口に近い窓際のテーブル席についた。外で仕事をしてきた帰りであることを演出するビジネスバッグを隣の席に置く。
カウンターの中に三十代ほどの男がいる。彼がダニエルだろう。身長は百八十近くだろうか、ふわふわの金髪で、柔和そうな顔だ。
目が合った。
「ちょっと待ってくださいね。おーい、お客さんだよ」
はじめはダイアナに、途中から店の奥に声をかけた。優しそうな声だ。とてもマフィアのアソシエーテにして強い極めし者には見えない。
「気づかなくてごめんなさいねぇ。いらっしゃいませ」
奥から出てきたのは三十代の女。こいつがローザか。気の強そうな顔つきだとダイアナは思う。デイビッドはこういうのが好みなのかと思うと少し笑みが漏れる。
ダイアナはメニューを開いた。
たくさんのコーヒーと紅茶、数種類のソフトドリンク、次のページには軽食とスイーツが写真付きで載っている。
もう一度コーヒーのページに戻りながら、意外にメニューは多かったなとダイアナは心の中でつぶやいた。小さな喫茶店だから数種類ぐらいしかないと勝手に想像していた。
「たくさんあるね。おすすめとかある?」
ウェイトレスに尋ねてみた。
「そうねぇ、今ならモカが煎りたてよ」
さすが、顔つきが少しきつめでも接客には慣れている様子で笑顔になると愛嬌もある。
「じゃあモカコーヒーとチーズケーキを」
ダイアナも笑顔を返すとウェイトレスはカウンターへと戻っていく。
今日はデイビッド作の「捜査グッズ」は一切身に着けていない。なんだか少しだけ物足りない気分もする。
いつの間にかデイビッドのサポートが当たり前になっているんだなと、相棒の存在感の大きさを感じた。
日がさらに傾いて通りの街灯がともり始めると、喫茶店にも一人、二人と客が入ってくる。仕事帰りのビジネスマン達だ。
「ローザ、いつものね」
客からそんな言葉が聴こえてくる。常連ということか。
そしてウェイトレスがローザであることが明らかになった。
元々店内にうっすらと漂っていたコーヒーの香りがどんどん濃くなってきた。
店内の様子をぼんやりしたふりをして観察するダイアナのもとにコーヒーとケーキが運ばれてきた。
「どうぞ、ごゆっくり」
ローザの営業スマイルにダイアナも軽く笑顔を返す。
直接話をするのは何度か通った後に客がいない時間を狙うしかない。
まずはそこそこのなじみの客にならなければ。
考えながら、芳醇なコーヒーを味わった。
ダイアナは数日おきに喫茶店へと通った。
常連客とカウンターの男の会話で判ったのは、彼はオーナーのダニエルではない。雇われバリスタだった。
なるほど彼の雰囲気はおおよそマフィアの男とは結び付かないわけだ。
マフィアの連中が皆、いかめしい顔をしているわけではない。むしろここのバリスタのように温厚な雰囲気を装う者も割と多い。だがやはり内面からにじみ出る裏社会に関わる者独特の雰囲気までは隠しきれないものなのだ。彼にはそういったものが微塵も感じられなかった。
ローザはというと、私的な言葉をかわしていないがダイアナのことを「最近加わった常連さん」とみてくれているみたいだ。
これなら客のいない時間帯に来店したら個人的に話もできるだろう。
「それなら、そろそろマイクとカメラを持ち込んでもよさそうだな」
デイビッドが言う。
「あと、リチャードも連れて行ったらどうだ。彼にバッグの一つでも買ってもらえ」
「リチャードに偽ブランドを買わせてそれを証拠に捜査って流れか」
確かに話の流れとしては自然な方向だが、身銭を切らされるリチャードのことを思うと不憫だ。
「バッグ代は捜査費用として後で補填してやればいい」
「それなら、まぁ、いいか」
すっきり納得というわけではないが、ダイアナはデイビッドの策に乗ることにした。
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