33 これぞザマァ展開
ランディの直属の上司はダニエル・マクガイアという三十代の男だ。小さな喫茶店を経営していて、しばしば自分の店で商談も行う。ブランド品の精巧な偽物を買わせたりするらしい。
「あと、健康食品とかサプリメントも扱ってる」
「GTメディシンか?」
デイビッドが尋ねるとランディは驚き顔でうなずいた。
「ここでつながったなぁ」
思わずダイアナはひとりごちた。リチャードとパブロの顔が浮かんだ。
「その商談が次はいつなのか判るか?」
「いや。彼は用心深くてその辺りのことは直前にならないと話さない」
「どういう手口だ?」
「ローザが親しくなったヤツに買わせる」
「まだデート商法やってるのか」
デイビッドは眉根を寄せて口をゆがめた。
「チャンスじゃね? ブランドバッグをプレゼントしたいからってオトリやればいいじゃないか」
ダイアナが思いついた案を話した。
「誰が?」
「おまえが」
「誰にプレゼントするんだ?」
「そこは恋人とか奥さんとか、なんなりとあるだろう」
さっきは平然とブラフをしかけたくせここで躊躇するのかとダイアナは呆れた。
口に出さなかったがデイビッドにも伝わったようで苦笑している。
「直接鼻を明かしてやるチャンスだぞ」
「そうだな。それも面白い」
そう答えながらもデイビッドはあまり気乗りしていないようだ。
その辺りの理由は後で聞くとして、ダイアナは話を進めた。
「ダニエルの護衛はどんな感じなんだ? 手練れがいるのか?」
「ダニエル本人が極めし者だ。結構強いらしいが俺にはよく判らん。用心棒は二人。銃撃がうまい」
思わず口笛を吹いた。これは武力解決班が堂々と乗り込んでいける案件だ。
悪人をぶっ飛ばせるのはダイアナの本望だ。
「その辺りは警察が捜査するだろう。――さてと」
デイビッドはスマートフォンを取り出した。
「警察にお迎えに来てもらおうか」
「うまくとりなしてくれよ」
「あ? 何の話だ?」
デイビッドはいい笑顔で首を傾げた。
「おまえっ! 話が違うだろう!」
「さっき、なんてったっけ? 『騙される奴に隙があるのが悪いんだ』だったか」
激昂したランディが椅子から立ち上がるが、振り上げた拳をダイアナがすかさずブロックして腕をひねり上げる。
「なんで詐欺被害者の俺が詐欺に加担すると本気で思ったのか理解に苦しむな」
「それだけおまえの悪人ヅラが決まってたんだろう」
ダイアナが笑うとデイビッドも悪人ヅラで返してきた。
片手を抑えられてなお暴れるランディ。
「うわぁ、殴られる。これは防衛するしかないな」
とても芝居がかった声で言うと、デイビッドは得意のスタンガンをたっぷりと見舞ってやった。
十分後、警察にランディを引き渡した。
「やれやれ、よかったなデイビッド」
「おまえには気遣わせてしまったな」
「なぁに、相棒として当然だ」
ふふんと胸を張る。
「ところで、オトリは渋ってるようだが、やっぱり過去に騙してきた女相手だとやりにくいってか」
尋ねると、デイビッドは「そうだな」とうなずいた。
「過去にあの女に騙されたからな。こちらが騙そうとしてもうまくいかない気がしてならん」
「ランディ相手にはノリノリだったじゃないか」
「おまえがいたからな。一人だと多分気おくれしただろう」
「オレの重要性を理解したってか」
にししっと笑うとデイビッドも笑みを浮かべた。
「おまえに弱いところは見せられん。いつまでもネタにされそうだからな」
「素直じゃないねぇ。なら、もしオトリの話が来たらオレも付き合ってやるよ。男にブランド物をプレゼントされるシチュなんてこの先あるかないか判んねぇからな」
「リチャードやパブロがいるだろう」
彼らにバッグをねだったらプレゼントしてくれそうな気はした。
だがそれはなにか違うと思った。
「訂正だ。オレが惚れた男にプレゼントをもらうというシチュ、な」
「おまえ、俺に惚れてるのか?」
「男としてってより、捜査能力には惚れてるぞ」
「それはどうも」
ダイアナの自己評価はさほど高くはない。
言い寄ってくる男はきっと胸のでかいのが好きなだけだろう、と思っている。
さらにダイアナ自身、自分がどんな男性を好きなのかも判っていない。
これまでに、あ、いいな、と思うような男性はいたが、例えば有名人に対するあこがれとそう変わらないと思う。
「ま、今は仕事で手一杯だから、男に惚れるとかそんな余裕もない」
「激務だからなぁ」
まさに、この世に悪がある限り、彼らの仕事に終わりはないといったところだ。
二人は顔を見合わせて肩をすくめた。
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