32 言葉の戦いも駆け引きがアツい
ランディはふてぶてしく息をついて答えた。
「なんで、ってそりゃおまえ、金のために決まってるだろう。騙される奴に隙があるのが悪いんだ」
何を判り切ったことを尋ねるのだといわんばかりだ。
「なんだその言い草。騙す方が悪いに決まってんだろーが」
思わずダイアナが反論するが、デイビッドは「俺に隙があったのは確かだ」と制した。
「偶然再会して俺の借金の話を聞いて、闇金に売ればいい金になると思いついたのか?」
デイビッドの声には疑いが混じっているように感じる。他に何かあると考えられるのだろうかとダイアナは首をひねる。
「いや、ローザから話を聞いておまえが近々でかい借金を追うのを知っていた」
ローザ?
ダイアナはデイビッドを見た。
「あのくそ女と最初からグルだったのか」
デイビッドは、やはりな、とつぶやいた。
ローザとはデイビッドを最初に借金地獄に陥れたキャッシュカード不正利用者の女のようだ。
「あぁ、ローザが言ってたぞ。借金背負わせてから縁切ってやろうと思ってたのに、あっちから切られてムカついたってな」
デイビッドがローザに何をしたというのだろう。
ただ普通に人付き合いをしていただけではないのか。
それともそこまで蹴落としたくなる何かがあったのか。
しかし、もしあったとしても犯罪に巻き込んで財産を巻き上げていいわけではない。
さらに目の前の男は弱ったデイビッドに助け船を出すふりをしてどん底に落としたのだ。
「ボロボロにした相手にとどめ一撃を回避されてムカついたってか」
ダイアナは拳を震わせた。
「よせ、こいつは俺らに手を出させたいんだ。それぐらい判るだろう」
「判ってるよ。だからこらえてんじゃねーか」
ランディはあえて残酷な真実を突きつけ、デイビッドやダイアナを怒らせたいのだ。
ダイアナは深呼吸を繰り返す。
デイビッドは彼女を見て軽く笑ってから、ランディに視線を移した。
「先に言っておくが、たとえ俺らがおまえを殴ったりしても、警察に俺らの非を訴える云々の駆け引きは使えないぞ。俺らがどうしてこんな会社でやっていけてると思ってるんだ。完全に警察を味方につけてるからに決まっているだろう」
デイビッドの言葉にランディはうろたえた。
ほんと、判りやすいなと笑みが漏れる。
「はったりだろう。だったらなんでそこの女を抑えるんだ」
「面倒くさいからだ。刑罰的なお咎めはないが必要以上に暴力を振るえば当然指摘され咎められる。面倒なことこの上ない」
ランディは歯をかみしめて悔しそうな顔になった。
ブラフが功を奏してきたとダイアナは見て取った。
おそらくここでダイアナがランディを殴れば、説教のみでは済まないだろう。
しかしここで警察は完全に自分達の後ろ盾になっているのだと言い切ることで相手の争う意思をくじこうとしている。
すごいやりとりだなとダイアナは感心した。
ダイアナが極めし者としての力を犯人拘束に使うのと同じようにデイビッドは冷静な判断力と話術で犯人を追い詰めているのだ。
「さてと、本題だ」
余裕の笑みを浮かべたデイビッドが、さらに強烈な一言を放った。
「おまえ、チェルレッティの準構成員から指示を受けてるな。いつからだ? 俺を騙した時からか? それともその後か?」
ランディは大きく目を見開いた。
「今回のことも上のヤツに命令されたんだろう? おまえの直接のボスは誰だ?」
口までもぽかんと開けたランディは「え、……え」と言葉にならない声を漏らしている。
ここが畳みかけるチャンスとダイアナは判断した。
「チェルレッティって詐欺をメインにしてるマフィアファミリーだろ?」
「そうだ。マフィアは縦社会でボスの下に数名の幹部が、その下に構成員、準構成員と続く」
「こいつは準構成員でもない、つまり使いっ走りってことか」
「そうなるな。こいつのボスはこいつを優遇しようとは思ってないのだろう。いくらいう通りに働いても報われない。小銭稼ぎにはいいかもしれんが、もしも上を狙ってるならそのボスのところにいたのでは無理だ」
二人のやり取りにランディはのどからうなり声のような声を漏らした。
「なぁランディ。見返したいと思わないか? そいつのことを教えてくれたら警察にはいいように証言してやるぞ。おまえは強要されていただけで自分から悪事を働いたわけではないようだ、と。さすがに無罪にはならないだろうが刑は軽く済む。おまえのボスがムショから出てくる前に、空いた席につけるかもしれない」
デイビッドはランディに顔を近づけてささやく。
悪魔のささやきだとダイアナは笑みが込み上げてくるのを抑えるのに必死になった。
「おまえに、そんなことをするメリットはないだろう」
最初の威勢はどこへやら、ランディの声には力がない。
「ある。おまえがチェルレッティの内部に入れば情報を流してくれるのが条件になるが。代わりにこちらの目の届かないところでの詐欺行為は目をつぶってやる」
「なんで、そんなことを」
「この仕事、結構いい金になるんだよ。おまえがただで情報を提供してくれるなら警察からの報奨金は俺のものだ。おまえは詐欺を続けられる。俺は儲かる。両者にとって得しかない」
悪い笑みを浮かべたデイビッド。なかなかさまになっている。
「うーわ。おまえ、悪いなぁ」
「おまえにも分け前をやるから黙っとけよ」
「え、マジ? だったら乗ってやる」
デイビッドの芝居にダイアナもノリノリだ。
「本当に、警察にとりなしてくれるのか?」
「もちろん。これは俺にとってもチャンスなんだよ。話に乗らないならこのまま警察に引き渡すだけだが、どうする?」
デイビッドの問いを最後に事務室は静まり返った。ランディは目をつぶりうつむき加減で思案顔だ。何が自分にとっての得なのかを必死に考えているのだろう。
時間にして一分ほどか、長く感じた沈黙の後にランディは顔を上げた。
「判った。おまえの話を飲もう」
やったな、とダイアナは口の端を持ち上げた。
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