30 思っていたより順調だ

 詐欺師達の妨害行為を釣り上げるための会社立ち上げの準備に力を入れるため、パブロの件はいったん保留となった。もしも「GTメディシン」が詐欺行為を行っているのであればいずれ捜査線上にあがってくるだろうから今は静観しておいても大丈夫だろうという上層部の判断だ。


 とりあえずパブロにはこれ以上会わなくていいことにダイアナはほっとしていた。


 好意を寄せられるのは嫌ではない。だがパブロほどの押せ押せで来られると戸惑いしかない。それならまだリチャードの方がましである。

 ましであるというだけで、ダイアナは別にリチャードについてもこれ以上親しくなるつもりはないが。


 さて思考を仕事に切り替えねばとダイアナは車のトランクに積まれてあるパソコンを見た。


「えーっと、これを事務所に運んでけばいいんだな?」

「そうだ。セッティングは俺がやるから、おまえは荷物をどんどん部屋に運び入れてくれ」


 つまりダイアナは肉体労働要員でデイビッドが知的労働員だ。


「しかしなんでパソコンを三台も持ち込むんだ?」


 そっとモニターを持ち上げて運びながら、後ろからついてくるデイビッドに尋ねる。


「一つはタレコミの受信と警察やFBIへの連絡用、一つはタレコミの内容の確認専用、もうひとつは日常業務用。予備も兼ねている」


 機密事項が漏洩しないようにハッカー対策はするが、それでも念のために一台は完全に別回線で独立させておきたいとデイビッドが言う。


「なるほど。で、日常業務ってのはワークスの?」

「そうだ。きっと最初のうちはおまえにはほとんどこっちの会社関係の仕事がないからな」


 ダイアナの仕事は寄せられた情報の裏を取ることだ。なのでそれまではワークスの仕事を持ち込んでオフラインのパソコンで作業することになる。


「どっちにしてもデスクワークか。さっさと用心棒どもが攻め込んでくればいいけどなぁ」


 モニターを言われた位置に置いて、ダイアナはドロップを口に放り込んだ。




 詐欺に関する情報は予想していたよりも早く入ってきた。

 それだけ騙された人が多いということだ。


 ダイアナは日々、寄せられた情報をある程度調べて信憑性の高いものを警察やFBIに送信していった。


 会社を立ち上げて十日ほどで、小さな詐欺グループの摘発につながった。

 これは嬉しい誤算だ。


「順調だよな。これで元から用意していた摘発も併せれば、ますます会社の名が売れて」

「悪人ホイホイになる。となればいいが」


 懸念の言葉を口にしながらもデイビッドの表情は穏やかだ。


「そういえばナンパ男とはどうなっているんだ?」


 突然パブロの話を振られてダイアナは驚いた。


「別に何も。最近の気温にも負けないあつっくるしいメッセージは送ってきてるけど基本既読スルーだ」


 デイビッドが人の色恋話に興味を持つとは思わなかったなとダイアナはにやっと笑った。


 が。


「今は大事な時だ、そういう方面に気を取られているなら困ると思ったが。安心した」

「さすが恋愛で痛い目を見た男の言葉には重みがあるな」

「ふん、もう二度とそんなものにうつつはぬかさん」


 きっぱりと言い切ったデイビッドに、それはそれで寂しいんじゃないかと思ったが、さすがにそこまで口にするほどダイアナは無神経ではなかった。

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