28 泣きっ面に蜂ってこのことだ

「もう八年近く前だっけか? IMワークスに入社してすぐのころだっけ。最初に引っかかったのは」


 カールがデイビッドを見つめながらしみじみと昔を懐かしむように言った。


 ……最初? ってことは何度か詐欺に引っかかったのか?

 ダイアナはますます驚いた。


「こいつは子供ン頃から機械をいじくるのが好きでな。学校ではよく変わりもん扱いされて、いじめられてたわけじゃないけど孤立しがちだったんだよ」

「そんな前の頃のことから話さなくていいだろう」


 デイビッドの抗議の声は小さい。カールはお構いなしに話を続けた。


「けど就職したら自分の技術が役に立つっていうんで張り切って仕事してたんだよ。で、好きな女もできた」


 集団の中に居所がないというのは心細いものだろうし、環境が変わって自分が認められたら、それは嬉しいだろう。

 ダイアナは過去のデイビッドに共感して、うんうんとうなずいた。


 順風満帆のように思えるが、いったい誰にどんなふうに騙されたんだろうとダイアナはカールの次の言葉を待った。


「その、付き合う付き合わないの微妙な関係の女が、詐欺師だったんだ」

「そりゃまた……。どんな手口だったんだ?」

「自分の店の品物をどんどん買わせる、デート商法だな」

「あのクソ女、なにが『あなたはもっと素敵な服を着れば魅力が引き出せる』だ。そのうち化粧品だ宝飾品だと言い出したから、さすがにアヤシイと思って関係を切ったが、勝手に俺のクレジットカードで買い物までしてやがった」


 デイビッドが忌々しそうに吐き捨てた。

 デート商法よりもカードの不正利用の方が損害が大きく、まだ社会人になりたてのデイビッドはいきなり多額の借金を背負ってしまった。


「そこに現れたのが学生時代の友人だった男だ」


 街中でばったりと再会した友人、ランドルフと飲みに行き、ついぽろりと借金の話をしてしまった。

 ランドルフは投資で成功したから無利子で金を貸してやると言ってきた。

 デイビッドにとってはとてもありがたい話だった。


 だが、ランドルフはデイビッドを裏切ったのだ。


「まさかランディの奴が借用書を闇金融に売って逃げるとは思わなかった」

「は? そいつはなんでそんなことをしたんだ?」

「おそらく、闇金融から借金額に加えて利息の一部も上乗せしてもらったんだろう」


 デイビッドの恨み節にダイアナはなんと返していいのか判らない。


 相棒に抱いていた「知的で辛辣な男」の「知的」な部分が音をたてて崩れていく。

 知的な部分がなくなったらただの口の悪い男じゃないか。

 思わず苦笑が漏れる。


 しかし彼もまだそのころは十代後半だ。学校を出たばかりの彼がまだ人を見る目が養われていなかったのはしかたない。最初に騙されたショックも引きずっていたのだろう。

 ダイアナは好意的解釈でデイビッドの株の暴落を食い止めた。


「今度会ったらシメてやる」


 鼻息荒く決意を口にするデイビッドに、思わず同情の目を向ける。


「威勢のいいことを言っているが、まずはコレなしで人とまともに話せるようになってからじゃないのか」


 言いながらカールは弟のヘッドギアをひょいと取り上げた。


「あ……、あ」


 デイビッドは頼りなげな声をあげて目を泳がせた。


「え、もしかしてデイビッドがヘッドギアで話してるのって」

「立て続けに騙されて人間不信になって、面と向かって人と話せなくなったからだよ」


 カールの答えはダイアナの予測と一致していた。


「うわぁ」


 感嘆の声しか出てこなかった。


 デイビッドは恨みがましそうな目でダイアナを見るが、彼の口からはうなり声のような声しか出てこなかった。


「それでも、借金は返したし、コミュニケーションツールを使ってでも人と話せるようになったのは、よかったんじゃないかな」


 フォローのつもりか、カールはデイビッドの頭をぺしっと叩いて笑った。


「そのうえ女の子と組んでうまくやってるなんて驚きだ。ってことで、こいつのことよろしく頼むよ」


 言いながらカールは立ち上がり、ヘッドギアをデイビッドに手渡した。


「それじゃ、俺はこれで」


 彼が部屋から出ていくと、ジョルジュとマイケルもそそくさと部屋を後にした。


 残ったダイアナとデイビッドの間に微妙な空気が流れた。


「あんたの兄貴、口は悪いがあんたのこと心配してるんだな」

「心配はしているだろうが、多分、自分に累が及ばないかどうかってところだろう」


 ヘッドギアを装着したデイビッドはそっぽを向きながら答える。


「どんな形でも心配は心配だ。口は悪いが」

「何度も言わなくていい」


 やっとデイビッドの声が少しだけ柔らかくなった。


「オルシーニの件ではオレの恨みの一部を晴らしてくれたんだ。今度はオレの番だな。詐欺師連中に一泡吹かせてやろうぜ」

「あの作戦を実行するかどうか決めるのは上だ。それに、俺は別におまえの恨みを晴らす手伝いをしたわけじゃない」

「はいはい。やっといつもの調子に戻ってきたな」

「……仕事に戻るぞ」


 さっさと部屋を出ていくデイビッドにダイアナもついて行った。

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