27 面白そうな作戦だと思うけど
諜報部が使う会議室では既に課長のジョルジュ、補佐役のマイケルと、見知らぬ男が椅子に座っていた。
赤毛に近い明るい茶髪に深緑の瞳の、三十代ぐらいの男だ。
彼がデイビッドの兄だろう。
席に着き、一通り自己紹介をする。
「やぁ、君がダイアナさんか。弟がいつも世話になっているね」
カールと名乗ったデイビッドの兄が気さくに挨拶してくる。
パブロの押しの強さに
「世話になってんのはこっちの方だ。デイビッドの機械にはいつも助けられている」
「そうか。ヘッドギアを付けないとろくにコミュニケーションもできないヤツだけど、役に立てているようで嬉しいよ」
にこにこと人当たりのいい笑みでカールは辛辣な言葉を放った。
思わずデイビッドを見る。
きまりが悪そうな顔でカールから少し目をそらせている。
頻繁に連絡を取っているらしいことから仲がいいのかと思っていたが、そうでもないのかとダイアナは二人を見比べた。
それにしてもあの言いよう、この兄にしてこの弟ありだったか。
「さて、カールさんから何やら諜報部に提案があるそうですが」
微妙な空気を嫌ってか、マイケルが早速本題を促した。
「詐欺について調べてほしいと依頼を受けて先日リストにしてお渡しいたしましたが、その後いかがですか?」
いかがとは捜査状況を尋ねているのだろう。
「リストはそのまま警察に渡したので細かな状況はこちらでは把握していませんが、おそらくそれほど大きな成果は挙げていないと感じられます」
マイケルが応える。
そんなふうに言っちゃっていいのかとダイアナは心配したが、諜報員としては新米の彼女が口をはさむことではないだろうと、黙って話を聞くことにする。
でしょうね、とカールは相槌をうっている。
一件一件に充てられる捜査員の人数は限られている。そして警察が捜査に動くと察した詐欺師達はさっさと活動拠点を替えたり、鳴りを潜めたりする。例えば詐欺グループのリストが十件あったとして、摘発できるのはせいぜい一件か二件だろう。
「そこで、詐欺師が思わず食いついて来たくなるような罠を張る方法を思いついたのです」
カールが言う。
警察には犯罪の摘発につながるような情報をもたらした者に報奨金を支払う制度がある。
それを利用して情報を集める会社を立ち上げ、警察からの報奨金の一部を支払うシステムを作ればいい。
詐欺師とのやり取りの音声や映像、犯人の連絡先、受け子の人相風体、そのような情報に少額なりとも報奨金を支払えば口コミで広がり、よりたくさんの情報が入る。
結果、見過ごせなくなった詐欺集団は妨害工作を企てるだろう。
乗り込んできた者達を捕まえ、本陣への突破口を作ればいい。
というのがカールの案だ。
「そういう会社を作ったとして、情報は来るか? 報奨金目当てなら警察に直接情報を持って行った方がいいだろう」
デイビッドが疑問を呈する。
「そうだね。けれど世の中には、警察とは直接かかわりたくないと思っている人間が一定数いる。そういう人達の窓口になるんだ」
探偵事務所にも、そういった警察嫌いや訳ありの人達が依頼に来るという。
なので一定の情報提供者は現れるだろうとカールは答えた。
「あと、詐欺師達がそうそうあからさまな妨害工作を仕掛けてくるとは思えないが」
「小さなところは警戒して活動を縮小したりやめたりするだろう。マフィアとつながっているような大きなところは用心棒がいるだろうから、なんらかの手段で邪魔者を排除しようとしてくるんじゃないかな」
サイバー攻撃もあり得るが、事務所の住所を公開しておけば物理的に排除に来る方が手っ取り早いから釣られるのではないかというのがカールの見立てだ。
「そういう連中が釣られたとして、事務所にいる人が危険じゃないか?」
ダイアナも疑問を投げかけた。
「それだからこその、武力解決班でしょう」
カールが笑顔でダイアナを見た。
なるほど、それでここに話を持ち込んだということか。
ダイアナは納得した。
「問題は資金面と立ち上げる会社の規模ですね。警察の協力が不可欠なので、我々の一存では決められませんから」
マイケルの難しい顔でつぶやいた。
「私はあくまでも思いついた作戦の提案に来ただけですから、その後はそちらと警察で実行するかどうかを相談なさってください」
カールがビジネスライクな顔で応える。
「君はなぜ、そこまでしてくれるのだね」
それまで黙っていたジョルジュが口を開いた。
この話自体に裏があるのではと警戒しているのか、表情も声も硬めだ。諜報員の身内だとて最初から信用できないと警戒しているのか。
「可愛い弟の仕事のためですからね。それに、詐欺被害者の家族として、人の弱みに付け込む連中のやり口は許せないのです」
言いながらカールはデイビッドを見た。
デイビッドは目をそらせている。
話の流れからして、デイビッドが以前、詐欺被害にあったということか。
切れ者のデイビッドが詐欺被害者?
ダイアナには、にわかに信じられなかった。
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