25 黒か、白か
朝、捜査の進捗を報告すると、デイビッドとマイケルが苦笑を浮かべた。
「なんでそんな顔してんだよ」
「いや、なんというか」
「いえいえ、順調なのはいいことですよ」
二人はお互いに何を考えているのか判っているように目配せをしている。
ダイアナには判らなかったが、まぁいいかと気にしないことにした。
「サンプルの受け取りはいつになりそうですか?」
「二、三日中って言ってたかな」
「では現物が入ったら成分を解析していただくよう手配しておきます」
サプリメントの成分は医師の処方箋が必要な医療用医薬品であってはならない。それを調べてもらうのだ。
これでもし、サプリメントに違反があればそこから詐欺事件につながていくのかなとダイアナは考えていた。
三日後、フィットネスジムでパブロからサンプルを受け取ってダイアナはすぐに諜報部に戻ろうと思っていた。
パブロにしつこく食事に誘われたので、とりあえずメッセージアプリのIDは教えておいて、その場は逃れることができた。
マイケルにサンプルを渡して帰宅するまでに、パブロからのメッセージが十件も入っていた。
どれもこれも緊急性など全くない、メッセージというよりはパブロのつぶやきだった。
そういうのはつぶやき用SNSで吐き出しておけよとダイアナはスマートフォンを見てうんざりだ。
『サンプルなくなったら感想教えてね』
これがあるからメッセージをすべて無視するわけにもいかない。
とっとと解析が終了してパブロと縁を切りたい。
成分の分析結果を待つ間に、デイビッドの方にも動きがあった。
彼の兄、探偵事務所に勤めるカールから、詐欺と思しき案件の調査結果が届いたのだ。
その中に、GTメディシンの社名もあった。誇大広告によるサプリメントの販売となっている。
「これで一段と黒に近づいたな」
デイビッドがつぶやく。
「しっかし、詐欺っていろんな手口があるな」
ダイアナは調査結果の一覧を見ながら「ほぇー」と息をつく。
偽サイトによるキャッシュカードの番号などを取得するフィッシング詐欺や、保険金や失業保険の取得を騙り手数料と称して金をだまし取ったり、ナンパを装って特定の店に連れ込み高額な品物を買わせたり、まさにあの手この手だ。
「クソな犯罪に感心などするな」
デイビッドが忌々しそうにリストを睨みつけている。
やはり彼は詐欺に対してなにか特別な感情がありそうだ。
「そうだな。詐欺師達は被害額を正規労働で賠償しろって感じだよな」
「まったくその通りだ」
おまえもいいこと言うじゃないかとデイビッドは少し留飲を下げたような顔になった。
サプリメントの成分検査の報告が届けられたのは、その日の夕方だった。
「薬機法に違反するようなものはなし、か」
デイビッドが結果を読み上げた。若干失意の色が混じっているように感じる。
「怪しいと思ったんだけどな。白ってことか」
ダイアナの結論に、しかし、デイビッドは首をひねる。
「カールがくれた調査結果もあるからな。まだGTメディシンが完全に白というわけではないだろう」
しばらく考えるそぶりをして、デイビッドはダイアナに正面から視線をあわせる。
「おまえ、IMワークスに勤めてること、言ったり書いたりしたか?」
「え? あぁ。紹介カードに名前と職業は書いた。知り合ったのが本名登録のフィットネスジムだったからな。偽名を使うわけにもいかないだろ」
「なるほど。警戒されたかもしれないな」
どういうことだと問えばデイビッドはひとつうなずいて答えてくれた。
マフィアのファミリー名などが裏社会に当たり前のように知れ渡っているのと同じように、諜報組織もある程度、情報が洩れている。
もちろんどの社員が諜報員だということまでは知られていないが“クレイジー・キャンディ”と呼ばれている極めし者の女諜報員がIMワークスに所属していることぐらいならきっと知られているだろう。
なのでIMワークスの職員だというだけで犯罪組織に警戒され、普段渡すサンプルとは違って本来の合法なサプリメントを渡された可能性もある、というのだ。
「それじゃ、ワークスの名前を伏せて取り寄せる方がいいのか?」
「そうだな。だがその前に念のために通販されている方も手に入れて調べてみてもいいかもな」
「まぁたパブロと連絡とるのか」
ぐいぐい押してくるパブロを思うとダイアナはげんなりした。
「そんなに嫌なヤツなのか?」
「嫌ってか、苦手だ」
言いながらダイアナはスマートフォンをデイビッドに向けた。
メッセージアプリには相変わらずパブロからの「デートしよう」アプローチの数々が並んでいる。
「モテモテリラだな」
「うっせーわ。それと、コードネームにクレイジーつけんな」
デイビッドがからかい口調でいうのを、ダイアナは拳を振り上げて黙らせてやった。
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