23 世間ではこれをデートっていうんだろうが

 ダイアナが持ち込んだ話はマイケルが聞き込みを指示してきた。ダイアナだけでなく他の課員にも身近な範囲でそういった話を聞かないか注意していてほしいという。


 最近は健康面関連の詐欺の話をちらほらと聞くようになってきたそうだ。なのでいつ警察から協力要請が来てもいいようにその手の情報を有しておこうということだ。


 デイビッドには兄のカールにも情報提供を依頼するように指示が出ている。


「前はあちらからの善意の情報提示でしたが、こちらからの依頼となると依頼料が発生すると思いますが」

「構いませんよ。有力な情報が入れば追加報酬もお支払いします」


 マイケルがそこまで言うなら、おそらく警察からの捜査要請がくるのが濃厚なのだろうとダイアナは思った。


 IMワークスは私設諜報組織だが実際は警察の下請けといってもいいほどの関係だ。諜報部の活動資金は警察からの協力金が大きな割合を占めている。警察側から依頼が来る前にある程度準備をしておけば心象がよいので割り増しをもらいやすいのだと、いつかマイケルが話していた。


 ちゃっかりしてるよなとダイナアは笑った。




 夜、ダイアナはフィットネスジムに向かった。

 あの男がいつ来るのか判らないので足しげく通うしか接触方法がない。


 ニ、三日通えば会えるかなと考えていたが、彼は意外に運動好きらしい。

 昨日と同じ時間に目的の男がやってきた。


 ダイアナと同じく二十代前半と思われるアッシュブロンドの彼は、なかなかの好青年だ。だが軽い睡眠障害を抱えている人独特のけだるさをまとっているように感じた。


 快食快眠のダイアナには眠れないという状況はあまり実感できないが、たまにある寝つきの悪い日のことを考えると気の毒だなと思う。


「やぁ。またあったな」


 昨日と同じ、ストレッチ用のマットの上でダイアナは彼に声をかける。


「あぁ、こんばんは」

「なんか疲れてるっぽいな。まだ眠れてないのか?」

「そうだね、まったく眠れないわけじゃないんだけど」


 ストレッチで体をほぐしながら軽く自己紹介をする。


 彼、リチャードはこの二か月近く軽い不眠に悩まされている。毎日寝つきがすこぶる悪いというわけではないが、時々、明け方まで眠れない日があるという。

 睡眠外来に行ってみたら、ストレスが原因だろうということで安定剤を処方された。薬を飲んだ日はそこそこ寝つきはいいが、そう頻繁に通院する時間もなく、このひと月ほどは薬がない状態なのだそうだ。


「大変だなぁ。なんかリラックスできる方法があればいいのにな」


 さて、このあたりでさすがにストレッチだけでは時間が持たなくなってきた。

 どうしようかなとダイアナが考えていると。


「リラックスか。よかったら、ジムの後、食事でもどうかな?」


 むこうから誘ってきた。渡りに船だ。


「いいよ。それじゃ一時間後に入口で」


 リチャードは嬉しそうにうなずいて、目的の運動器具へと向かっていった。


 捜査対象の男性と二人で夕食を摂ることは珍しくない。だましているわけではないが目的は相手の情報を引き出すことなので少しだけ申し訳なく思うがこれも犯罪者の実態を掴むためだと割り切って、ダイアナもランニングマシンへ向かった。




 二人が訪れたのはフレンチレストランだ。フレンチといっても高級店ではなく、地元民が気軽に夕食を楽しめる雰囲気のカジュアルな店だ。


 店の奥のテーブル席で向かい合って座る。


 リチャードは自動車のディーラーで働いているそうだ。最初は遠慮がちだった仕事への愚痴は、食事と酒が進むと堰を切ったようにあふれ出した。

 あぁこりゃストレスもたまるわなとダイアナは相槌をうちながらそっとため息を漏らした。


「あ、ごめん。なんか僕ばっかりしゃべって。面白くないよね」

「いや。昨日の友人も変なサプリ売るよりこうやってあんたの話を聞いてやればよかったのにな」


 ようやく友人とサプリの話に持っていけたぞとダイアナは笑顔を浮かべる。


「そうだよね。あいつ、他の友人にもサプリ薦めてたみたいでさ」


 リチャードが言うには、友人パブロは寝不足で体調不良になった時期にネットで見かけたくだんのサプリを購入し、よく効いたとかで熱心に友人に薦めるようになったそうだ。

 だがパブロが言うほどサプリで睡眠が改善されたという声は聞かない、とリチャードは締めくくった。


 パブロにはたまたま効いたのか、裏があるのか。


「で、そのサプリの会社はなんてとこなんだ?」

「んー、なんてったっけな。もうパッケージも捨てちゃったからなぁ」

「じゃあ、パブロに連絡とってくれないか? オレも試してみたい」

「えっ、試すの?」

「オレには効いてくれるかもしれないだろ?」


 答えると、リチャードはあまり気乗りしない様子だったが承知してくれた。


「オレ、毎日あの時間にジムにいるから、連絡取れたら教えてくれよ」


 これでサンプルと販売したサプリを手に入れることができそうだ。


 ダイアナはご機嫌な顔でデザートのケーキをほおばった。

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