詐欺師達は被害額を正規労働で賠償しろ

21 不穏な事故が起こっちまった

 オルシーニファミリーの摘発から二か月近くが経った。


 春のうららかな日差しがそろそろ夏の暑さへと変わろうとしている。

 暑いのも寒いのも苦手だなぁとダイアナはひとりごちて、「IMワークス」ニューヨーク支社に出勤した。


「大変なことになる予感がするな」


 諜報部である「システム開発部第三課」の事務室の足を踏み入れるとそんな声が聞こえてきた。


「何があったんだ?」


 ダイアナが尋ねると「おまえ、ニュース見てないのかよ」と呆れ声が返ってきた。


「今朝起きたのギリギリだったからさぁ」


 にししっと笑うと、同僚はため息まじりに教えてくれた。


 大手製薬会社のワクチンに、命に係わる副反応が多数出てしまったそうだ。

 多数、といっても認可を取り消されるような数ではない。それにまだ調査中だが、ワクチンそのものに問題があったのではなく保管や運搬に不備があったのかもしれないということだ。


 だが直絶命に係わるニュースには国民はとても敏感だ。


「その製薬会社だけでなく同業他社、さらには関連企業の株価が大暴落する恐れがある」

「そうなると、合衆国どころか世界的に不景気になる可能性も出てくるわけだ」


 同僚の説明を相棒の機械の声が引き取って締めくくった。


「不景気になったら犯罪も増える、ってわけだな」


 ダイアナも納得してうなずきながら言う。このあたりはさすがに心得ている。


「人の不安につけ込むような詐欺なんかも横行するな」


 デイビッドの声が不機嫌極まりないものになった。


「組織的な詐欺集団なんかが活発になると、警察から捜査の応援要請が来るかもな」


 雲行きの怪しい話題に朝から諜報部の空気は重かった。




 その日の昼。

 懸念されていた株価の大暴落は今のところ、ない。

 話題の製薬会社の株価は下がっているがこれは想定内の範囲だ。

 同業他社や関連会社への波及も少なくすんでいるとみていい下げ幅である。


 ウェブニュースを時々チェックしていたデイビッドが、とりあえず最悪の事態は免れそうだなと笑みをこぼした。


 相棒がそういうなら、そうなんだろう。

 ダイアナは気楽に考えていた。




 さらに一週間が過ぎた。


 最初の一報で予測されていたとおり、ワクチンそのものの問題ではなく、病院側の保管に問題があったと調査結果が出たことから、国民の批判の対象がワクチンから病院へと移っていき、企業へのダメージは少なくすみそうだ。

 引き続き調査は続けられるとのことだが、大きな変化はないものと見られている。


 やれやれよかったなとダイアナは思っていたが。


「ネットの方は危険な状態をはらんでるな」

 デイビッドが言う。


「どうなってんだ?」

「ワクチンは危険だと主張する輩が騒いでいるのは、まぁいつものことだが」


 アヤシイ民間療法を推す奴らがアヤシイ商売を始めているとか、保障制度を利用した悪知恵で不正に金を得たりとか、そういったことがネット上で話されるようになってきた。


 ネット上で話題になるということは実際にやっている者がいて、世間に広がれば模倣する者も出てくる。


「ネットが起爆剤になる犯罪もあるからな」

「こっちに仕事回ってきそうか?」

「判らんな。警察が持てあましたら協力してくれと言ってくるかもな。あとは、大きな組織が動いたりとか」


 ニューヨークのマフィア三大ファミリーのひとつ、チェルレッティは、詐欺行為をメインに資金を得ているらしい。


「そこがあれこれやりだしたら、こっちにも間違いなく話が来るだろう」

「詐欺がメインか。人の弱みにつけこんで金を奪うなんて性格悪いな」


 まぁ犯罪者なんだから性格悪いのは当たり前かとダイアナはにししと笑う。

 だがデイビッドは不機嫌な表情のままだ。


(何か詐欺に関して苦い思い出もあるのかな)


 これ以上この話題はしないほうがいいかなと判断して、ダイアナは仕事に戻っていった。

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