16 さぁ乗ってきてくれよ
クラブの近くまで戻ったころには日付が変わるまで一時間もなくなっていた。
おそらくホールはダイアナがいた時間より人が増え、盛り上がっていることだろう。
「どんな作戦で行くつもりだ?」
デイビッドが尋ねてくるのでダイアナはかぶりを振った。
「まだ考えてねぇ」
「自信満々に戻ろうというから策があるのかと思っていたが」
ダイアナは、にししっと笑った。
「漠然とは考えてる。とりあえず熱源センサーでビル探ってくれよ」
デイビッドはうなずいてノートPCと小型カメラを用意した。
モニターに映し出された映像を見ると、地下はかなりの人で、熱の塊のようになっている。
地下の他の部屋に数名、階上の二部屋にあわせて十名ほどがいる。一部屋はうつむいて座っている数名の熱源が、もう一部屋は寝そべった一人に複数が覆いかぶさっている。
「警察を待ってって時間はなさそうだな。早くしねぇと」
熱源の位置と動きで予想される最悪の事態にダイアナの語気が荒くなる。
「こっちに向かってもらっているがな。――やる気だな」
「あたりまえだ。こんなのを見て放っておけるわけがねぇ」
直接一階の方に乗り込むかとも考えたが、人質を取られるのは目に見えている。
ならば、とダイアナは閃いた。
「ダンスホールで格闘イベントだ」
にやり、と笑った。
デイビッドと作戦を確認しあって、早速ダイアナはクラブの入口へとずんずん進んでいく。
当然のようにスタッフに止められるがお構いなしだ。
「警察呼びますよ!」
「呼べ呼べ。困るのはクラブのオーナーだ」
鼻歌でも歌うように返してやるとスタッフはたじろいだ。
堂々とホールまで歩いていく。
相変わらず爆音に包まれているホールには、先ほどよりもたくさんの人がひしめき合っていた。
こんなのでダンスなんて踊れるわけないだろうと思いつつ、ダイアナは人をかき分けながら中央を突っ切り、DJブースへと向かう。
途中からはダイアナの壮絶な笑みを恐れてか人垣が割れた。
DJは途中から操作をやめて、ただ普通に音楽が鳴り続けている。
(オレはやっぱふつーに音楽が流れている方が好きだな)
ダイアナはそんなことを考えながらDJの隣に立った。
「お、お嬢さん、どうしたの?」
DJがひきつった笑みを浮かべて問う。
ダイアナは、にぃっと笑ってDJのマイクをひったくった。
「おまえらよく聞け! このクラブは性犯罪の温床だ! それを知らずに来ているヤツは逃げろ!」
唐突な警告に、誰もが呆然としていた。
「なにぼさっとしてんよだ。女はここにいたら捕まってレイプされてその後も奴隷のように働かされるんだよ。男はそれを黙認してることになるんだぞ」
「なんなんだおまえはっ! 営業妨害だぞ!」
入口のスタッフが伝えたのだろう、もう少し格上と思われる男がホールにやってきて怒鳴った。
いまだ流れる音楽に負けない声を張り上げるとはなかなかの胆力だ。力の入れどころを間違えているが。
「営業? 有名DJを餌に客を呼び寄せて、目星をつけた女をステージに上げてマークして、隙あらば上の事務所に連れ込んでる誘拐、強姦するのがおまえらの営業か? おまえらの
ダイアナの口上に隣のDJが青ざめる。
自分がそんな犯罪に利用されていたのを知っておののいたか、それとも初めから知っていて加担していることを明かされたからか、今の時点では判らないが。
「どこにそんな証拠がある!」
「オレが証人だ。おいおまえ、オレを覚えてるだろ。初めに声かけた女のことは忘れないよな?」
DJを見下ろす。
ダイアナをじっと見つめるDJは「あ」と声を漏らした。
「オレは客としてここにきて、こいつにステージに呼ばれた。そのあとナンパ役の二人にさらわれて車の中で乱暴されそうになった。見ろ!」
ダイアナはシャツの襟元を指でぐいと押し下げた。
首に、男が吸い付いた跡と判るアザがくっきりとついている。
なにより、彼女の手首にはまだ引きちぎられた手錠が残っている。あわせて見ると彼女の言い分が正しいのではと思わせるインパクトだ
会場がどよめいた。
彼らをかき分けるように、スタッフルームの方から恰幅のいい男が悠々と現れた。彼はDJに音楽を止めるように言う。
DJは少し迷って、指示に従った。
「いいがかりは困りますねお嬢さん」
一気に音を失くしたホールに男の声が静かに響いた。
来たな。
ダイアナは満足そうに笑った。
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