15 ナイショで仕込んでやがった

 きっとデイビッドがどうにかしてくれるに違いない。

 そんなことを考えながら意識を失ったからか。

 短い微睡みの中で、デイビッドがさわやかな笑顔でダイアナを助けに来た。


「大丈夫か」

「悪いな」

「しょーがねぇリラ女だな」


 さわやかな笑顔のデイビッドの辛辣ソルティな一言に。


「だれがゴリラだぁ!」


 思い切り叫びながら目が覚めた。

 いや、実際は叫べなかった。さるぐつわをかまされている。


 車の中だった。

 後部座席の真ん中に座らされていて、感触からして後ろ手に手錠をかけられているようだ。

 カチューシャも他の宝飾品もすべてはずされている。

 デイビッドに今の状況を伝える手段がなくなってしまった。


「おい、もう目が覚めたみたいだぞ」

「まぁいいんじゃないか? この状態じゃ何もできないだろ」


 両サイドの男達、ナンパ役だったランドとフレディがダイアナを挟んでやり取りしている。


 寝言を聞かれなかったのに軽く安心したが、さてどうしたものか。


 闘気さえ扱えれば手錠など引きちぎることができる。

 だがさるぐつわをかまされた状態では、闘気を十分に放出することができない。

 闘気を扱うための呼吸が整わないのだ。


(こいつら、それを知っていて? ってことはオレの正体もバレてるってことか。それとも念のためか?)


 ダイアナは左右の男達にちらと視線を投げる。


「状況は把握できたみたいだな」

「君がどこの誰で、どこの情報を元にクラブに来たのか、後でゆっくり教えてよ」


 フレディがダイアナの胸に手を置いた。

 悪寒が走る。ダイアナの喉が意識せずともひっと鳴った。

 男はダイアナの反応を楽しむように手に力をこめ、また緩める。


「外にいたあんたの仲間もうまく巻けたみたいだし邪魔も入らないだろう」


 ランドがダイアナの首に唇を這わせてきた。


(デイビッドの奴、見失ったのかよっ!)


 怒りが恐怖を少しやわらげてくれた。

 落ち着け、とダイアナは自分に言い聞かせる。

 助けが望めないなら自力でどうにかするしかない。


(こいつらはオレを知らない。なら極めし者ってことも知らないはずだ。

 油断しているところをつけば何とかなる。

 それにしても好き勝手しやがって。抵抗するべきか?

 いや、また眠らされたら今度こそ脱出のチャンスがなくなる。

 ここは少し我慢して、建物に連れ込まれる前に少々無茶をしてでも外に飛び出すべきか)


 幸い、ハイウェイに乗っているわけではない。脚は拘束されていない。

 車が信号で止まった時がチャンスと定めた。


 脱出は不可能でも車の窓を蹴り割るぐらいはできるか? それとも二人のどちらかに攻撃を加えて無力化するか?

 とにかくこの車は怪しいと周りが気づいてくれるようなことができればいい。

 それまでは、蛆虫どもが肌を這いまわるのを我慢するしかない。


 ダイアナは目を細め、かまされた布をさらに強くかみしめた。


 車が、停まった。


 意を決し、胸を撫でまわしている左の男に頭突きを食らわせる。


 悲鳴をあげてのけぞった男に、さぁ蹴りを見舞うかと脚を振り上げた時。

 ぷしゅーっと少しマヌケな音を立てて、かかと部分から煙が噴き出してきた。


「はっ? なんだ?」


 右の男が顔を離して呆然とするが、すぐに煙の正体を体で味わった。


「うおぉ、目えぇぇ!」


 とっさに目を閉じ顔をそらせていたダイアナも、呼吸しないわけにはいかず煙を吸い込む。

 鼻と喉に強烈な刺激が走り、肉体が異物を排除しようと反応する。


(催涙ガスかよっ。デイビッドの仕業だな)


 彼女が状況を納得するのと、運転手を含め男達が外に飛び出すのがほぼ同時だった。

 ダイアナも外に出ると、男達は地面に転がってわめいている。


「大丈夫か」


 後ろから聞こえたのは夢と同じ、デイビッドの声だった。


「悪いな」


 さるぐつわを外してくれたのでとっさに夢と同じ返しをして、あぁこれってその後も同じかとダイアナは鼻をすすって苦笑を漏らした。


「いや、こっちも油断しておまえを危険にさらして、すまん」

「えっ」


 デイビッドが殊勝なことを言っている!

 これこそ夢かとダイアナは目を見張った。


「なんだよ。『捕まるなんてしょーがねぇ奴だな』とか言ってほしかったのか? おまえMか?」

「んなわけねー」


 抗議の意味を込めて、闘気を解放して手錠を自力で引きちぎってやった。


「さすがリラ女」


 あー、結局言われた。

 さらなる抗議の意味を込めて、渡されたティッシュで盛大に音を立てて鼻をかんでやった。


「おまえが捕まったあとの話だが」


 デイビッドは車で追いかけてまかれたふりをして、バイクで追いかけていた。

 信号で停まったタイミングで、ダイアナにも内緒で仕込んでおいた催涙ガスを噴出させたのは彼女の予想通りだ。


「おまえなら信号で停まった時に動くと思っていた」

「さっすがオレのこと判ってんじゃねーか」

「単純だからな。読みやすい」


 鼻をかんだティッシュを投げつけてやったがかわされてしまった。


「おふざけはこれぐらいにして、クラブに戻んねーとな」


 ダイアナが言うとデイビッドは「ん?」と首を傾げた。


「オレが誰だかは判ってなかったみたいだが、オレが捜査関係の人間だと最初から目ぇつけてた。邪魔者を排除したら連中が次にやることは」

「本来の目的、か。いい読みだ」


 幸いにもすぐに警察がやってきてくれたのでここは任せて、二人はクラブに戻ることにした。

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