13 これでつられてくれるなら悪くない
夜八時、捜査対象のクラブへとダイアナは向かっていた。
今日は地下鉄の時とは違いもう少し長めのブロンドのヘアピースを、その上に黒のカチューシャ型受信機を装着している。横の髪を編み込んでカチューシャの上でまとめて踊ってもずれにくいように安定させているのだ。
服装は赤のジャケットに黒のシャツと膝丈のスカート、ローヒールだ。動きにくいが仕方がない。最悪この恰好で戦うことになっても、一応なんとかなりそうだ。ただし足技は使いたくないが。
その他、計画通りにアクセサリ型の連絡グッズを身に着け、さながら歩く情報発信機だ。
ビルの地下にある入口でのボディチェックは、危険物の持ち込みがないかの簡単なものだった。
なのでダイアナは手荷物を預けるだけで予定通り入店できた。
『有名DJが来るわリにはセキュリティが甘いな。ちょっと気を付けておけ』
暗い通路を歩くダイアナにデイビッドからの声が届いた。
イヤホンをしていなくても鮮明に聞こえる彼の声にダイアナは安心感を覚えた。
ホールに入る前から大き目の音が漏れ聞こえてきていたが、扉をくぐった瞬間、ダイアナは耳をふさぎたくなった。
爆音で音楽とも呼びたくないような奇妙な音が放たれている。
だがここで不慣れな様子を見せるわけにもいかず、まずはテーブルについて辺りを見回した。
ホールには色とりどりの光が放たれ、主に若者達が思い思いにステップを踏んでいる。
音が大きいのでドラムの低音が本当に胸を、体を打ってくるようでダイアナは一つ息をついた。
デイビッドの話では、おそらく誘拐犯はホールか、今ダイアナがいるテーブル席でターゲットに声をかけてバックヤードなどに連れ込むだろうということだ。もしかすると
少し休憩してから、ダイアナはホールへと繰り出した。
最初はうるさいだけの音の洪水だったが、慣れてくるとあまり気にならない。
ビートにあわせて体を揺らしステップを踏む。
それだけの動作ならば運動神経のいいダイアナには何ということはなかった。
ケレスも生きていたらこういう場所に来たがっただろうかと考える。賑やかなのが好きだった妹のことだ、それこそ今この音楽を作り出しているDJを目当てに友人と踊りに来ていたかもしれなかったのだ。
「ハーイそこの赤ジャケ黒スカのお嬢さーん。キレのあるダンスサイコーだね!」
DJがマイクで客に呼び掛けた。
ダイアナは内容を気にせず踊っていたが周りが自分を見ているので「え」と声を漏らして動きを止める。
「そうそうアナタ。ちょっとこっちのステージ来て踊ってよ」
ピンクの髪にサングラスの彼は他にも数名、客をチョイスしてDJスペース近くのミニステージに呼びよせている。
ダイアナは驚いているふりをして指輪を口の近くに持って行った。
「どうすればいい?」
『行っとけ』
相棒の短い返答に押され、ダイアナもステージへと向かう。
「さーぁみんなも盛り上がってよー」
ご機嫌な声のDJは今までよりさらにアップビートの音楽を作り出した。
ここで注目された方が、誘拐犯の目にも留まるかもしれない。
そう考えたダイアナは彼女の持つ運動神経とリズム感を存分に発揮して体を動かした。
ダイアナに負けじとステージ上の他の男女も激しく踊りだす。
ホールは最高潮に盛り上がった。
続けて二曲ほど流れた後、ダイアナはステージを降りてテーブル席へと戻った。
さすがに慣れない靴で激しくステップを踏むのは足が痛い。
席に落ち着いて、腕を組んでテーブルに肘をつき、口元に指輪を持って行く。
「動きは?」
『ないな』
「闘気も?」
『ない。動くのはもう少し遅い時間帯かもな』
「こっちも、見た感じ怪しそうなのはいないな」
『そんなにあからさまにアヤシイなりはしてないだろう』
それもそうかと納得だ。
「じゃあまた適当に踊っとく」
『の前に、お客さんだぞ』
デイビッドの言葉の途中でダイアナも気づいていた。自分に向かって近づいてくる気配がある。
相手がテーブルのそばに来てから、ダイアナはそちらに目を向けた。
カジュアルスーツの男性が二人、笑顔でダイアナを見ている。
「やあ、さっきのダンス最高だったな」
「ありがとう」
来たのか? とはやる気持ちをぐっと抑えてダイアナは笑顔を浮かべた。
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