12 あの日のことは一生忘れない

 特に隠しているつもりもない。

 ワークスの上層部はダイアナの家族に降りかかった悲劇を知っている。高校を卒業したての若いダイアナを雇ってくれたのは、ダイアナの悪人を憎む心を買ってくれたが故ともいえる。


 前にデイビッドにきょうだいの有無を問われた時も、話していいと思っていた。あの時はきょうだいの話の流れで聞かれるだろうと構えていたので余裕もあった。


 だが不意打ちの一言に一瞬言葉がつまる。


「無理して答えることもないがな」


 デイビッドが言う。気を使ってくれたのか。


「別に無理じゃない。単純なことだ。オレの妹が性犯罪者に殺されたからだ。オレは犯罪の中で一番、その手の犯行を憎んでる。それだけだ」


 高校二年生のダイアナと、一つ下の妹ケレスは仲の良い姉妹だった。

 その日、ケレスは友人とショッピングに出かけていった。


「それじゃーね、夕方には帰るから」


 それがダイアナが聞いたケレスの最後の言葉となってしまった。


 夜になっても戻らないケレスを心配して、両親はすぐに警察に捜索依頼を出した。


 大丈夫、きっと戻ってくる。そう信じていたダイアナも、一日、二日と日が経つにつれて不安が勝る。このままずっと戻ってこないかもしれない、と。


 一週間が経ち、ケレスが見つかったと警察から連絡がはいった。


 ただし、遺体として、だ。


 誘拐事件の一斉捜査があり、犯人のアジトで見つかったそうだ。


 安置所に寝かされたケレスを見て、両親は泣き崩れた。


 おまえは見るなと言われたがダイアナもケレスの変わり果てた姿を見た。目に焼き付けた。


 下半身の衣服はなく、シャツはボロボロで腕の部分に残っているだけ、あちこちに殴られた跡があり、体液が固まったらしきものが点々とこびりついたケレス。


 目じりから涙がこぼれた跡が幾筋も残っていた。歯を食いしばっているように見える顔は、最後まで彼女が犯罪者に抵抗していたことを物語っている。


 ダイアナの口の中に胃液が逆流してきた。


 友人とショッピングにいくと、いつもよりちょっとおしゃれをして楽しそうに家を出ていったケレスの面影はない。

 ただそこに寝かされているのは、蹂躙され殺された妹の遺体だ。


 胃液を飲み込み、ダイアナも歯を食いしばる。

 こんなの、ケレスが受けた苦痛と屈辱に比べればどうってことない、いや、そもそも比べてはいけないのだ。


 許さない。犯罪者を。

 今から法学などを学んで刑事になろうという時間も惜しい。

 ならばわたしは強くなる。

 極めし者になって、犯罪者を取り締まる組織に協力する。


 こうして、それまでの進路とは全く違った目標を持つこととなった。

 それからは早かった。

 マーシャルアーツのジムに通い、極めし者に師事して一年近くで力を手に入れた。


 ケレスの件で世話になった刑事から、「IMワークス」の存在を聞き出し、直接乗り込んで諜報部に属したいと志願した。


 まだ闘気を手に入れたばかりのダイアナだったが、真の極めし者トゥルー・オーバードは貴重だ。

 ワークス諜報部の上層部は彼女の志願を受け入れた。


 話し終えたダイアナに、デイビッドは納得顔だ。


「なるほどな。パソの操作は? 就職してからか?」

「あぁ。元々わりと得意だったからそっちの勉強は苦じゃなかった」

「得意のわりに機械の扱いは雑だな」

「るせーよ」


 暗い話の後の雰囲気が少しだけ和らいでダイアナはほっとした。


「そんないきさつがあるなら性犯罪者を憎んでしかるべきだな」


 デイビッドはダイアナの動機を否定しなかった。

 そんな私情でか、と呆れられたりするかと思っていたダイアナは拍子抜けだ。


「否定しないんだな」

「むしろ実感あるほうが仕事にも身が入るってものだろう。けれど、そうだな、ひとつ忠告するなら」


 何を言われるのかと少し身構えるダイアナにデイビッドの冷静な機械の声がくぎを刺す。


「憎しみに飲み込まれるなよ。おまえが仕事の範疇で張り切る分には大歓迎だが、憂さ晴らしの復讐に付き合う気はない」


 つっけんどんな言い方だが、ダイアナには温かく聞こえた。


「わーかってる。ありがとな」

「礼を言われるようなことはなにもない」


 デイビッドは話を仕事の手筈に戻していった。


 マジツンデレかよ。

 ダイアナは口の端を持ち上げて笑った。

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