10 反抗しなさそうなのを選んでるって本当だな

 地下鉄のホームへと向かう。

 まだ勤務が終わるには少し早い時間なので、それほど混雑はしていない。


 ダイアナはおとなしい女性を演出すべく、歩幅を小さく、少しだけうつむき加減で歩いた。


 電車が入ってくる。


 パンツスーツにショルダーバッグ、肩までのウィッグに薄めの化粧。


 徐々に減速する車両の窓にちらちらと写る自分の姿になんだか笑みが漏れる。

 最初は違和感しかなかった変装もさすがになじんできた。


 ドアが開いて降りる人がいなくなってから、ダイアナはドアに一番近い席にちょこんと腰かけた。


『あの変装を気に入ったとか?』


 デイビッドの言葉を思い出して、そんなバカなと小さくかぶりを振る。

 あの場面で否定すると「じゃあ何なんだ」などと聞かれそうなのでうなずいておいたが、ダイアナはスーツでこじゃれたスタイルより動きやすい服装の方がいい。なじんできてはいるが、好きというわけではない。


 ダイアナの目的は、性犯罪者を自力で取り押さえることだ。

 別に手柄にこだわっているわけではない。犯罪者が誰にどんな形で捕まるのかなど本来どうでもいい。


 だがそれでも、このヤマは自力でどうにかしたいと思う。

 私憤と言われればそれまでだ。

 が、妹の最期を思うと、性犯罪者の温床であるオルシーニファミリーは自分の手で潰したいのだ。


 そんなことを考えていたダイアナは近くに人の気配を感じてふと顔を上げる。

 男二人が、ダイアナの前に立っていた。

 ダイアナが立ち上がると、二人は両腕を掴んできた。


 同じ車両にちらほらと乗客がいるが、皆こちらには無関心だ。

 右側の男がナイフをちらつかせる。


「次の駅で降りろ。おとなしくしないと……、判ってるな」


 ビンゴ!

 ダイアナは喜びを顔に出さないようにうつむいてうなずいた。


『変なことしたら捕まえてやるぞと身構えている女には近寄らない』


 またもデイビッドの言葉を思い出す。

 なるほど、今日は事件のことから「気」をそらせていたからタゲられたのかもな、と納得だ。


 やがて電車が次の駅のホームに滑り込む。

 男に挟まれ、ドアの近くまで移動したダイアナは、ドアが開くと同時に悲鳴を上げた。


「いやぁぁぁー! 助けてぇぇ!」


 ちょっとわざとらしい声になったかなと思いつつ、思い切り腕を振り回した。

 もちろん、闘気をこっそりと少しだけ解放して。


 何事かと注目を浴びるなか、男の手のナイフがダイアナの腕にはじかれて転がる。


「こ、こいつっ」


 男達はダイアナを放して逃げようとするが、これも偶然の反撃を装って男の頬にビンタをくれてやる。


 あとはダイアナが手を出さなくとも、頬を押さえてうずくまる男達を集まってきた男達が拘束してくれた。


「こ、怖かった……」


 ダイアナ手を組み合わせて、あくまでもか弱い女のふりを続けた。

 絶対にデイビッドからは「キモっ」と言われるに違いないと心の中で舌を出しながら。




 誘拐未遂犯の男達が警察に捕まってから二日後、事情聴取の内容をまとめた調書が諜報部にもたらされた。


 彼らはオルシーニファミリーの子飼いの「商品」調達員だった。ファミリーの正式メンバーの下層にあたる構成員ソルジャーのさらに下、準構成員アソシエーテに位置する。


「つまり、構成員から指示を受けて女をさらってたってことか」


 ダイアナが問うとマイケルが首肯した。


「捕まえた女性は『商品』として使いものになるかどうかを選定して、合格ならそれなりの処遇で店に置き、不合格なら……」


 マイケルは言葉を濁した。


「性奴隷として短期間で使いつぶす」


 上司が言いあぐねた先をデイビッドがずばりと言ってのけた。


 性奴隷という単語に反応して、ダイアナの胃の中がにわかに騒がしくなる。

 ダイアナは慌ててドロップを口に放り入れた。


 彼女の行動を横目にマイケルはため息をついた。


「もう少し言い方というものがあるでしょう」

「あ、すみません。口に出すつもりはなかったのですが制御し損ねました」

「おまえ口開いてねーし」


 胃からせりあがってくる苦い気配をドロップで無理やりおさめたダイアナのつっこみに、デイビッドが苦笑を漏らした。


「そういえば前々から気になってたけど、それってどういう仕組み?」


 ダイアナはデイビッドのヘッドギアを指さす。


「簡単に言えば、思考を受け取って言葉にして発する機械だ」


 使い方に慣れれば話したい言葉とそうでない思考を選ぶことができるが、先ほどのようにたまに失敗して思考が言葉として漏れることもあるらしい。

 脳の電気信号がどうとか、デイビッドは続けて説明したがダイアナには半分も理解できなかったので細かい仕組みは判らなくてもいいと判断した。


「つまり、おまえの毒舌っておまえがそう言おうとしたから言葉になったってことだよな。ついつい漏れ出たとかじゃなくて」

「たまに漏れるが、たいていはそうなるな」

「……性格悪っ」

「おほめにあずかり光栄だ」

「ほめてねーし」


 ダイアナの悪態に、デイビッドは全く動じていない様子であった。


「話を戻しますよ」


 マイケルの声に二人はうなずいた。


 逮捕された二人はファビアーノという男の指示で女性を誘拐していたと供述している。さらった女性は郊外の公園などで渡していた。


「ファビアーノはオルシーニファミリーの構成員です。バーの経営をしているが裏で売春の斡旋などをしているといわれています」

「それじゃ、そのバーを捜査するんだな」

「そうなりますね。子飼いの男達が逮捕されたので動きは慎重になっているでしょうが、何かしらの犯罪の証拠を得られるでしょう」


 警察は早速ファビアーノのバーを捜索すると話していたので今頃はもう始まっているだろう、とマイケルは締めくくった。


「できればオレも参加したかったなぁ」

「また何かあれば協力依頼がくるでしょう。ない方がいいのですが」

「そりゃ、ま」


 今回に限っては犯人が極めし者で暴れたりしてくれた方がいいかもしれないとダイアナは思ったが、さすがに不謹慎なので口にはださないでおいた。

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