09 そんなところに優れなくてもいいだろうに

「タイムズスクエアからニューヨーク大学」

 ダイアナがつぶやく。


 行方不明となった二人が利用する地下鉄で共通する区間だ。


 ニューヨークの地下鉄は様々な系統が入り組んで運行しているが存外便利だそうだ。

 他の地下鉄を知らないダイアナには比較のしようがないが。


「重なっているというだけで、この区間内で犯行が行われたとは限らないがな」


 デイビッドが言う。

 むしろこの区間は時間帯によっては人が多くて誘拐には向かない、とも。


 そうは言っても、せっかく手に入れた情報だ。確かめてみる価値はあるとダイアナは考えた。


「それじゃ、夕方ぐらいにオレが地下鉄の様子を見てくる」


 どうせ課内ここにいてもあまり捜査に役立つことはできないからなと自嘲する。


「直帰できるし、とか考えてるだろ」


 デイビッドの指摘に、ダイアナはにししっと笑った。


「ちゃっかりしてるな。しかし全くの無駄ではないかもしれないな」


 二人は地下鉄の路線図に首っ引きで計画を立てた。

 夕方四時ごろ、ダイアナはオフィスを出て最寄り駅からブロードウェイ線に乗り南下する。終点のベイ・リッジ九五丁目駅で折り返して直帰する、というコースに落ち着いた。


「連絡はつけられる状態にしておけよ」

「わーかってる。けど、急に襲ってきたら事後連絡になるかもな」


 応えながら、ぜひとも誘拐犯には襲ってきてほしいものだとダイアナは考えていた。


 早速その日からダイアナの現地捜査が開始された。

 念のために変装を、ということになり、肩までのウィッグを付け、パンツスーツに着替えて化粧も少々施した。


「服装はいいとして、化粧ってのは仮面だな。顔に張り付いてる感ハンパねぇ」


 愚痴をこぼすダイアナにデイビッドは苦笑を返した。


「粗野なものいいさえなければ一目でおまえとバレることはないだろう。気をつけろよ」

「一人で乗るんだから話さないっつーの」


 ひらひらと手を振って、ダイアナは意気揚々と地下鉄の駅へと向かった。




 ダイアナの地下鉄見回りが始まって五日が経った。

 あまりころころと乗る位置を変えるのも不自然だろうと、ダイアナは真ん中あたりの車両に乗って、同じ位置に座って周りの様子を見ている。


 同じ時間に乗っていると、同じ顔触れというのもちらほらと見受けられる。

 今のところ犯罪をにおわせるような動きをする乗客はいない。

 行方不明者も依然見つかっておらず、相変わらずの膠着状態だ。


 もっとたやすいと思っていた。

 被害者に共通するものを見つけて捜査すれば、小さくとも何かしらの手がかりが得られるだろうと思っていた。

 期待していた分、ダイアナの失意は日を追うごとに加速度的に増えていった。


「なんでなんの動きもねぇんだよヘタレ野郎どもが」


 三課で毒づくダイアナにデイビッドが肩をすくめる。


「犯罪がないのはいいことだ、じゃなかったか?」

「この場合はそうとも言えねぇだろ」


 ますます感情を高ぶらせるダイアナをじっと見て、デイビッドがぼそりと言う。


「おまえの『気』を犯罪者は敏感に感じ取ってるのかもしれないな」

「闘気なんか出してねぇぞ」

「その『気』じゃなくて」


 デイビッドは少し首をひねってから、例を出してきた。


「こっちにはあまりないが、日本には『チカン』という犯罪があるらしい。いや『チカン』はその行為をする人を指すのだったか、とにかく電車内で行われる性犯罪だ」


 性犯罪という言葉にダイアナはぴくりとこめかみを震わせる。

 だがここで唐突に他国の犯罪の話を挙げることには何か意味があるのだろうと、ぐっと言葉を飲み込んで話に耳を傾けた。


 満員電車で主に男性が女性に性的嫌がらせを行う行為を「チカン」というらしい。わざと卑猥な言葉を聞かせたり写真やイラストを見せたり、相手の同意なくボディタッチをしたり、ひどいものになると強制性交等罪に当てはまるような行為もあるそうだ。


 その犯人がターゲットを選ぶ際、当然、抵抗されたり叫ばれたり拘束されるなどということのないように、おとなしそうな人を選ぶのだ。


「日本のチカンに限らず、何度か犯罪を繰り返しているようなヤツは自然とその『選定』がうまくなってくるものだろう。変なことしたら捕まえてやるぞと身構えている女には近寄らない」

「……つまり、オレが『犯人来いよオラァ』と内心で待ち構えているのを犯人が察して近寄ってこない、と言いたいわけか」

「そういうこと。いくら外見はおとなしい目にしても、内面からにじみ出る『気』はなかなか消せないということだ」


 それじゃオレが見回った意味はないのかとダイアナはがっかりだ。


「とはいえせっかく得た情報だ。もう少し粘ってみてもいいだろう」


 そこで、とデイビッドは提案する。


 今までダイアナがやっていたおとり役を別の女性、例えばニューヨーク市警の女性警官などにしてもらい、犯人が接触してきた時に彼女の位置が判るようにおとりの間はGPSで行動を追いかける。

 一週間続けても何も得られない場合は一旦「はずれ」とみなし、別の捜査方法を考えることにする。


「一週間か。オレのおとりとあわせても二週間にもならない。そんなに早く切るのか」

「相手は犯行現場を頻繁に変えているようだからな。これぐらいが妥当だろう」


 それに、とデイビッドは言う。

 警察や、デイビッドの兄、カールからの情報も入ってくるかもしれない。

 オルシーニファミリーの息がかかっていると思われる店にも動きがあるかもしれない。


「原点に帰って調べなおすと見えなかった部分が見えてくるということもある」


 先輩諜報員がそういうのだ。反論の材料がないなら従った方がいい。


 ダイアナはうなずいた。


「でも警官の手配ができるのは早くても明日だよな。今日はオレが行くぞ」

「熱心だな。あの変装を気に入ったとか?」

「それもあるかもなぁ」


 デイビッドの指摘に、ダイアナは口の端を持ち上げて笑った。

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