06 そんなに壊れやすいなんておまえと一緒だな

 デイビッドはノートパソコンのモニターを見ながら説明する。


「人体らしき熱源反応は一階の奥の方に四つ、二階の真ん中あたりに二つと奥に一つ。闘気の反応は一階が二つ、二階の奥の一つ」

「犯人は一階と二階に別れたってことか」


 厄介だなとダイアナ顔をしかめる。


「一階のヤツをさっさとぶっ飛ばして二階に、と行きたいところだけど人質がいるから無茶できねぇな」


 ダイアナのつぶやきに辺りが一瞬静まった。


「なんでそんな反応なんだよっ」

「人質の安全を優先とは素晴らしい心掛けと感心したのです」

「“クレイジー・キャンディ”らしからぬ、といったところだな」

「やかましい“ソルティ”」


 刑事がぽかんとした顔でダイアナ達を見ているので、マイケルは一つ咳ばらいをしてデイビッドに作戦の有無を問うた。


「今回の場合は、二階の敵の目をくらませ、同時に“キャンディ”が突入する、というのが効果的かと」


 手作りの閃光弾を二階の窓から放り込むというのだ。二階の物音に気を取られている一階の犯人を素早く“キャンディ”が倒すことができればいい。状況によっては先に人質を解放すればよい。


 不意打ちなので人質も視界を焼かれてしまうであろうことがデメリットだとデイビッドは説明した。


「人質に一時的な被害がでるのは、この際致し方ありません。その作戦で行きましょう」


 マイケルが作戦決行を決断する。

 では早速とばかりにデイビッドは小さな筒状のものを取り出した。


「それが閃光弾か」

「そうだ。これを二階の窓から投げ入れる」

「窓にぶつけるのか?」

「それだと窓に当たった瞬間に発光して犯人が見ていない恐れがある。最悪、外の人間だけ視界がやられてしまう」


 なので警官の誰かに窓を割ってもらう必要がある。


「しかし下で動きを見せると一階の犯人が察するのでは?」


 刑事の指摘に打開策を挙げたのは三階の宝飾店の店主だった。


「うちの店の窓の真下にレストランの窓があります。使っていただければ」


 こうして作戦に若干の変更が加えられ、早速実行することとなった。




 ダイアナは店の入口のそばに身を潜め、作戦開始を待つ。

 息と気配を殺し、ドアを睨みつける彼女の耳に、ガラスが割れる音が届いた。


 二階で複数の叫び声がした。閃光弾が炸裂したのだ。

 男の声だけでないので人質も被害を被ったのだろう。

 少し胸が痛む。

 それもこれも強盗など犯す輩が悪いのだ。今すぐぶっ飛ばしてやる。


 ダイアナは店に跳び込んだ。


 目の前には腰ほどの高さのバリケードがある。テーブルや椅子を並べて作ったものだ。食事の途中で席を立ったと判る様子のテーブルもあり、どれだけ急な出来事であったかがうかがえる。


 バリケードの向こう、店の奥の床に座らされている一組の若い男女と、彼らのそばとこちらに向かって歩いてきている三十代ほどの男二人が、がらんとした店内にいる。


 三十代の男達からは闘気があふれている。

 サングラス越しの闘気は、ダイアナより劣る。せいぜいダイアナの半分ぐらいか。


 ただ勝つだけなら問題ない。だが人質に影響が出ないようにするにはどうすうるか。


 ダイアナの判断は一瞬だった。

 テーブルを飛び越し、こちらに歩いてきている男の顔面に一撃を放った後、すぐに後方の男へとダッシュした。

 ひるんだ男の手首をつかみ、体をひねって入口の方へ投げ飛ばす。


「奥に逃げろ。厨房のテーブルの下だ」


 人質の男女に退避を促す。

 顔面蒼白の男女は反応こそ遅れたが、男が先に冷静になり、女を連れて走った。


 よし、これであまり遠慮しなくてよくなったな。

 ダイアナは、にぃっと口の端を持ち上げる。


「な、なんなんだ、おまえは……」


 犯人の一人が狼狽した様子でダイアナを睨みつけてくる。


真の極めし者トゥルー・オーバードだ。それとも正義の極めし者って言った方がいいかなぁ」


 ダイアナは口の中で小さな粒となっていたドロップを噛み割った。

 それが彼女の、本格的な戦闘開始の合図。


 反応の遅れた男達が身構えた時にはもうダイアナは目の前だ。

 まずは目の前の男の頬に拳をたたきつける。続いて隣の男の腹に蹴りを見舞った。


 サングラス越しの闘気が不安定に揺らぐ。


 これぐらいの打撃で不安定になる闘気など、とるに足らねぇ。


 もうアイテムに頼らずとも敵の位置も実力も知れた。

 ダイアナは鼻からふんと息を吐いて、サングラスを外して放る。


 一層強く闘気を放出すると、ダイアナの体が白く輝く。その周りは薄い黄色、さらに離れると黒へと変化する「月」属性の独特の闘気だ。


 男達は息をのんだ。

 夜の闇に浮かぶ月の中心にいるダイアナ。


 さながら女神のようだと思っているに違いない。

 ダイアナは、にこりと笑った。

 これで相手の戦意がそがれれば儲けものだ。


「真正のバケモノ……」

「マジこえぇ」


 男達は確かに戦意を喪失している。ダイアナの思惑とは全く逆の要因で。


「んだとぉ!」


 ダイアナの怒りの鉄拳が男達を黙らせるのに、五秒とかからなかった。




 武力解決班の活躍により事件は無事、解決した。

 一階を制したダイアナが二階に駆け上がると、犯人と人質達が目を押さえてうずくまっていた。


 二階にいた二人は不運だったがそれ以外の怪我もなく人質は解放され、犯人も確保された。


「いやぁ、さすが“クレイジー・キャンディ”ですね」


 現場責任者の刑事が満面の笑顔でダイアナをほめたたえるが、クレイジーと言われて誰が素直に喜べよう。


「オレは“キャンディ”! “クレイジー”いらないからっ」

「あ、これは失礼しました」


 こいつ、わざとじゃねーのかと憤慨するダイアナの隣でマイケルが口を押えて肩を震わせている。


「おい“キャンディ”、サングラスどうした」


 デイビッドが問いかけてくる。


「あっ、中に忘れてきた。取ってくる」

「壊れやすいんだから丁重に扱ってくれよ」


 デイビッドの一言にダイアナはぎくりとなった。

 いや、まさか、ちょっと放り投げただけで壊れたりしないだろうと気を取り直して店内に戻ってサングラスを拾ってきた。


「無事だったか、――って、壊れてるじゃねーかっ」


 デイビッドが叫んだ。


「えっ、マジで?」

「マジでもクソもねーぞ。苦戦したわけでもないだろうになんで壊れてるんだよっ。おまえ、まさか投げたんじゃないだろーなっ」

「敵の位置を把握できたらサングラスかけてるより直接見た方が戦いやすいからよぉ」


 豹変したという表現がぴったりのデイビッドの剣幕に押されてダイアナはたじたじとなる。


「だからって投げ捨てるのかっ。機械に対する扱いがなってねぇ! そんなだから“クレイジー”言われるんだぞおまえはっ」


 怒りまくるデイビッドに最初は押されていたダイアナだが、売り言葉に買い言葉、きっと顔をあげて反論する。


「戦闘時に悠長に丁寧にメガネをテーブルにおく余裕なんてねーっつーの」

「は? 余裕ないのか? 真の極めし者の中レベルってそんなもんか?」

「そういう問題じゃねぇんだよ。現場の雰囲気知らねぇくせにエラソーに言うんじゃねぇよ。大体壊れやすいなら最初からいっときやがれ」

「言ったら丁重に扱ったか? 粗野ばかりなリラ女がっ」

「またリラ女言ったな?」

「言ったがどうした」

「こンのひょろが――」


 腰をかがめ顔をくっつきそうなほどに近づけて怒鳴りあう(一方は口は動いてないが)二人の頭に衝撃が走った。


「こんなところで痴話げんかしてるのではありません」


 マイケルが眉間にしわを寄せてげんこつを下ろした。


「痴話げんかちげーし!」


 二人の声が綺麗にハモった。


 事件は解決したが、この先この二人のペアで大丈夫なのか。

 前途が少し不安な初陣となってしまった。



(武力解決班? 望むところだ 了)

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