05 クレイジー扱いするなっての

 マンハッタンの商業ビルに白昼堂々強盗犯が押し入り、宝飾店から貴金属を強奪した。

 そこまでなら警察の出番で諜報組織が捜査に協力することはない。


 だが犯人はFOと呼ばれる違法薬物を摂取し、一時的に闘気を扱える状態になっている。

 つまり薬物で極めし者になったということだ。


 警察にも極めし者はいるが、こちら側にとって運の悪いことに犯人が使用した薬物の出来がよく、太刀打ちできなさそうだというのだ。


 そこで中レベルにまで鍛錬している“クレイジー・キャンディ”に頼ることになったのだ。


 現場となったビルに車で向かうまでに、ダイアナとデイビッドはマイケルに説明を受ける。


「警察も情けないよな。もうちょっと強い極めし者の一人や二人、確保しておかないと犯罪者になめられるぞ」


 ダイアナはドロップを口に放り入れながら言う。


 彼女の言うように、ここ数年、FOなどの違法薬物により一時的に極めし者となる犯罪者が増えている。

 対する警察は、容疑者確保のためとはいえ違法薬物に手を出すわけにいかない。自らが法を犯すわけにいかないのだ。

 結果、違法薬物を用いての犯罪件数が増えている。すでになめられているといえなくもない。


 だからこそ自分のようなヤツが必要なのだとダイアナは思う。


 ちなみに、ダイアナのような鍛錬して自らの力で極めし者となった者を「真極めし者トゥルー・オーバード」、薬品を使用した者を「偽極めし者フェイク・オーバード」といい、薬品の符丁もそこからきている。


 本物も偽物も闘気を扱えることに違いはないが、薬品の出来にムラがあることと、使用者との相性もあり、偽極めし者の闘気は不安定で不確定だ。ある意味、真の極めし者より扱いにくい。


 どんな相手にしても負けるわけにはいかないと決意を新たにするダイアナの隣で、デイビッドはノートパソコンを開いている。


 ふと隣を見たダイアナは「何やってんだ?」と尋ねる。

 まさかこんな状況でエロサイトなんて覗いてないだろうなぁと軽い気持ちで聞いてみた。


「極めし者の闘気を察知するセンサーの設定だ」


 デイビッドは液晶モニターを見ながら答えた。


「それで犯人の位置を探るってことか」

「そう。今回は強い闘気らしいから索敵範囲に重点をおいても問題なさそうだな」


 彼が言うには、弱い闘気も察知できるように設定するとどうしても検索範囲が狭くなるそうだ。

 闘気を読み取ることができるシステムがあることにも驚きだが、それをデイビッドが自作したというから二度びっくりだ。


「おまえ、機械に強いんだな」


 頼りになりそうだとダイアナは口の端を吊り上げる。


 聞けば、こういった捜査に役立つシステムなどを作りたいがために諜報部にいるようなものだとデイビッドは言う。

 なるほど、そいういう協力の仕方もあるな。それも一つの戦いだとダイアナは思った。


 やがて車は問題のビルの前に到着する。

 すでに警察により規制線が敷かれているが野次馬も集まってきている。


 人をかき分け、マイケルを先頭にダイアナとデイビッドが続く。


「ワークスの方ですね」


 現場を任されているらしき刑事が声をかけてくる。


「はい。状況はどうなっていますか?」

「犯人達は依然、建物内にいます」


 ビルは三階建てで出入り口は正面と裏手にある。一階と二階がレストラン、三階が事件のあった宝飾店だ。

 犯人は強盗を決行した後、いったん外に出かかったが駆けつけた警官に気づかれ、レストランに逃げ込んだ。


「警官はパトロール中だったのですか?」

「いえ。強盗に入られた時に警察に非常通報ボタンを押したそうです」


 なるほど、とマイケルがうなずく。


「で、犯人はどんなヤツ?」


 なかなか犯人の話に進まないのでダイアナは少しイラついた声で話を振った。


「こちらは?」

「うちの武力解決班の主力、“クレイジー・キャンディ”です」

「おいこら、クレイジーはいらねぇっての」

「あぁ、そうでしたね。一応コードネームはただの“キャンディ”でした。世間では“クレイジー”な認識ですが」


 マイケルの冷静で冷徹な一言にダイアナは「けっ」と息を吐く。


 犯人は三人組で、いずれも一七〇から一八〇センチほどの三十代ほどの男だ。


 外に出ようとした彼らと警官が鉢合わせし、犯人側がFOを服用した。

 警官が発砲したが闘気を得た男達は軽いケガを負ったのみで行動不能にはできなかった。


 男達は銃撃されたことに混乱したようで、中へと引き返した。しかも宝飾店に戻らずレストランに逃げ込んだ。


 大体の客と従業員は外に逃げ出すことができたが、まだ数名が中に残っていて人質に近い状況だ。


「なら犯人は闘気の扱いに慣れてないな」

「なぜです?」

「いくら警官が銃を持ってるったって、極めし者が闘気を扱えない相手にそうそう負けることはない。よっぽどの武術の達人が相手なら話は別だけど」

「犯人が闘気の強さを知っていれば自分達が負けることはないと判断し、そのまま警官をしりぞけて逃げたであろう、ということですね」

「そ。相手は初犯かもな」


 何回目の犯行だろうが犯罪に違いはないけどな、とダイアナはつぶやいた。


「人質の人数などは?」

「よくわかっていません。聞き取り調査によれば少なくとも客二人と従業員一人は取り残されていそうです」


 マイケルの問いに刑事が済まなさそうに答える。

 これは出たとこ勝負かとダイアナは腕組みをする。


「これを使え、クレ、いや、“キャンディ”」


 それまで黙っていたデイビッドがサングラスを差し出してきた。


「おまえ今クレイジーって言いかけただろ」

「最後まで言わなかったのだからいいだろう」

「けっ、……で、それは?」

「闘気を放つ者を識別できる眼鏡だ」


 デイビッドの説明にダイアナは賞賛の口笛を吹いた。

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